リセット - 1
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 秋の夜空は清廉だ。
 どこからか聞こえる少し奇妙な鳥の鳴き声。キョ、キョ、キョキョキョキョ……
「……ヒクイナが鳴いているな」
 シグリィはつぶやいた。
 夜闇に混じりこむような漆黒の髪、透き通るような黒い瞳。今年十五歳になったばかりの少年である。しかしその姿には、とてもその歳とは思えない落ち着きが備わっていた。
「ヒクイナかあ。なんだか明るい気分になってきちゃいますねー」
 と呑気なことを言ったのは、海の碧の瞳を持つ女だった。歳は二十五。長い艶やかな黒髪を後ろで結っている。
「でもこの季節にヒクイナが鳴くってことは、ここって本当にあったかいんですね」
 と彼女――セレンが少年に言ったとき、横から「当然でしょう」と青年の声が割り込んだ。
「ここは仮にもマザーヒルズの国内ですからね。……南国です」
「分かってるわよう」
 女はむっとした表情で横にいた青年をにらみやる。
 彼女より二つ歳上。現在二十七歳の青年カミルは、淡い茶髪と同じ色の瞳を持つ。放っておけば精悍な顔つきに優しげな表情の男なのだが、口を開くと意外と怖い。
 もっとも、その怖さが発揮されるのは主にセレンが相手のときだけなのだが。
 実際、カミルの言葉通り。秋も深まったこの時期だというのに、夜の空気がほんのり暖かい。マザーヒルズという国はそういう気候を持ち、昼間は暑いくらいなので、夜の方が過ごしやすいのだろう――深夜に近いというのに、このセアルの街の灯火が消えることはない。
 たしかこの国でのろうそくや油の消費量は他の国をはるかに上回るのだったかな、とシグリィは考えた。
 彼の、常人離れした聴覚は、遠くから聞こえる人々のにぎやかな声を拾っていた。内容から察するに、どうやら屋台市が開かれているらしい。こんな時間でも起きている街人たちが、こぞって屋台に押しかけている。
 もちろん、屋台市に行かずに家の中でまだ起きている人々もいるだろう。
 現に、目の前の屋敷も。
 ――窓から明るいオレンジ色の光がこぼれている。
「……やりづらいな」
「どうしましょうねー」
「夜半を回って寝静まるまで待ちますか」
「そもそもこの街は何時に眠るのかを知らなかったな、私たちは」
 シグリィはこめかみをぽりぽりとかいた。
 そして自分らがそもそもなぜここにいるのかということを、思い返す――

 彼らは旅人である。人肉種と呼ばれる人間を喰らう存在が世にはびこるこの時代に、旅などしている珍しいというか阿呆というか、好奇と呆れと憂色の目で見られる三人組である。
 そして、そんな旅人である彼らがこのセアルの街に来たのは、つい昨日なのだった。
 昨夜は旅の疲れで、シグリィはぐっすり眠っていた。彼は、旅をしているくせに体が弱いので、こうなるのはいつものことだ。カミルもセレンも同じく眠っていたはずだ。
 疲れが一晩で取れるのは珍しいことだった。まあ、前に滞在していた町からセアルまでは半日だったのでそれほど疲れてもいなかったのかもしれない。宿屋の一室で目を覚ましたシグリィは、カミルたちと朝食を取ると、街へとくり出した。
 街や村を歩き回るのが、シグリィの趣味だ。
 そしてシグリィの場合、何のあてもなく歩き回るのが好きであり、セレンは商店街に行くのが趣味であり、カミルも別の意味で商店街に行くことが多い。
 そんなわけで、彼らは宿屋を出るとすぐに解散した。
 セアルの街はマザーヒルズ国の中でも古い歴史を持つ。立ち並ぶ民家や屋敷には古色がつき、味があってシグリィの好みだった。
 途中、街人たちと他愛ない会話をしながら適当にぶらついていたそのとき。
 カミルとセレンが、揃ってシグリィを捜してやってきた。
 二人して、困ったような、妙な顔をしていた。

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