リセット - 11
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 マザーヒルズの歴史を知っているかい――
 ラディアは疲れた体で、そんなことを語り始めた。
 なぜそんな話を始めたのかは、彼女自身もよく分からない。
「歴史と言っても、そう遠い話じゃあない……」
「なら」
 口を開いたのは、水を飲んで大分元気になった少年だった。
「……子供狩りですか」
 ラディアは小さく苦笑した。まったく、この子供はやりにくい。
「表向きは、そう呼ばれてるねえ。でも坊や、その様子ならその内情も知っているんじゃないかい」
「まあ、噂に流れている程度には」
「その噂ってぇのはどの程度なんだい」
「マザーヒルズ内では、子供育成プロジェクトと呼ばれていたこと。断行したのはマザーヒルズ国王……ミッシェルニ世。決行されたのは今から二百年ほど前の……大陸歴ニ千二十一年の春。国王権限で、国内の五歳から十五歳の子供全員が城下に集められた……」
「それだけ知ってりゃ充分だ」
「肝心のことを言っていません。子供たちの集められた目的は、具現能力の向上だった」
 ラディアは吐息をこぼす。
「そうだねえ……そこが、必要か」
「私も知ってますー」
 はいはい、とセレンが手を挙げた。シグリィが彼女を見て、
「まあお前は朱雀だからな。カミルは知っていたか?」
「話だけは」
 青年は言葉少なに応える。
 ラディアは困ったように笑った。
「マザーヒルズ史上でも歴代三位に残る悪政だったと言われている。子供狩りと呼ばれていても、実際に危害を加えられた子供はいなかったそうだけども、囚われた子供たちはみな五年から十年は確実に親から引き離されたからね」
「具現力を向上させるには、少なくともそれくらいの時間はかかりますから」
「おや坊や、具現力にも明るいのかい?」
「ここに朱雀がいますので」
 セレンの肩に手を置きながらシグリィは水をもう一口飲んだ。
 セレンは顔をしかめて、
「立派な子供狩り≠ナすよぅ。その間は、その年代の子供たちが国からいなくなっちゃったも同然になったんでしょう? 朱雀じゃなかったら、五年も十年も十五年も二十年も続かないです」
「実際には三十二年で終わった」
「って、えー!? 三十二年も続いたんですか!?」
「続かせた。ミッシェルニ世が崩御するまでな。彼が亡くなったとたん、子供たちが反乱を起こして城を破壊して逃げ出した」
「それだけの力があったのに、なんでもっと早く逃げ出さなかったんだろう……」
 セレンは心底不思議そうに小首をかしげる。
 シグリィが苦笑して、
「世の中の朱雀がみんなお前ほどの力を持っていると思うなよ、セレン。……彼らは精一杯の力を出してようやく城砦を破れるほどになれたんだ。三十二年、具現力を向上させて、ようやくだ。もっともあのプロジェクトに本当に具現力を向上させる力があったかどうかは疑問視されているが……」
「その嬢ちゃんは強いのかい」
 ラディアは口を挟んだ。じっとセレンを見る。セレンがびくっとひるんだ。にらんだように見えたのかもしれない。
 ええ、と少年が簡単にうなずいた。
「彼女なら、本気になれば今のマザーヒルズの城をひとりで破壊できますよ」
「………」
「ついでに言えば、彼も」
 とシグリィはカミルを指し、
「その気になれば、ひとりでマザーヒルズの城を突破できるでしょうね。例えばここで、誰かさんの首をはねてこいと命令して、彼がその気になればすぐに」
「シグリィ様」
 咎めるようにカミルが険しい顔をする。シグリィは肩をすくめて、
「どちらも、本気になれば、その気になれば、です。そこにリミッターがある。彼らがそのリミッターをはずすことはまずない」
「なるほどね」
 ラディアは薬草茶を飲んだ。なんだか口の中がやけに渇いた。
 目の前にいる三人組の、平静な様子が怖い。そう思っている自分に気づいていた。
 城を破壊する? この娘が?
 国王の首をはねる? この青年が?
 まったく現実味がないように見えて……実際にありえるようにも思えて。
 そしてそれを平然と話す少年のことも恐ろしくて。
 先ほどの、シャンネス家の遣いの男に対する態度といい、自分はなんという連中に仕事を頼んでしまったのだろうと思う。
 しかし……
 シャンネス家に対抗するには、これぐらいの連中がいいのかもしれない。これぐらい、実力のある連中。
 握った拳にじっとりと汗をかいた。
 自分は……負けられない。
「さて……と」
 少年が両肘をテーブルについて手を組んだ。「これから、どうするかな……イドル氏はあの間道をどう進んだだろうか」
「探知できないんですか? シグリィ様」
 セレンが不思議そうに尋ねた。少年は微笑して、
「力を使いすぎて今はできそうにない。もう一、二時間経ったら可能になると思うんだが……」
「無理なさらないでください。また寝込むことになりますよ」
 すかさずカミルが口を割り込ませる。
「無理でもしなきゃならないだろう? 今は人の頼みを聞いている最中なんだ。セレン、お前の尻拭いだということを忘れるな」
 う、とセレンがいやなことを思い出したらしく、ひきつった。
 カミルがセレンをにらむ。そうだった。この三人組はそもそも孫が連れてきたのだった。正しくはセレンひとりを。
 妙な縁だね、とラディアは苦笑した。
 自分も酔狂なものだ。旅人に頼むとは。
 いや、旅人だからか。
 すべてが終われば彼らは去るだろう。だからこそ頼んだのか。
 ――すべては一時の夢。
 それで終わらせるつもりだ。すべて、それで終わらせるつもりなのだ、自分は――

 シグリィたち一行が行動を起こしたのは、その一時間後だった。
 シグリィの回復を待って、彼の探知でイドルを捜す。イドルは、シャンネス家にも帰ることができず、いまだ間道をさまよっている様子だった。
 そこで、シグリィとセレンがイドルの元へと走った。
 カミルだけが、ラディアの傍に残った。なぜなのかはラディアには分からないが、「念のための護衛」とシグリィは言った。
 念のため? いったい何が起こるのだというのだろう。
 イドルがシャンネス家に戻っていないなら、シャンネス家が行動を起こすことなどないだろうに――

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