リセット - 13
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「あなたの言葉のイントネーションに、懐かしさを感じたので……」
「――あんた、西部の人間か」
 言ってから、当然かと自分で思った。……この青年は、白虎の《印》を持つのだ。白虎神は西部の神である。
 しかしいやなことを言い当てられた。ラディアはそれ以上のことを語りたくなくて、唇を噛むようにして口をつぐんだ。
 しかしカミルは構わず話し出す。
「西部で朱雀として生まれたら、とても息苦しかったでしょうね。あそこは朱雀を護る気質はありますが、グランウォルグは国粋主義の国です。……護る対象としては見てもらえても、それ以外には見てもらえない」
「………」
「だから、南部に出てきたのではないですか? 仕事や家庭を……持ちたかったのでしょう」
「うるさい!」
 自分でも驚くほど大声が出た。燭台の蝋燭が揺れて、再び青年の顔を照らした。横顔ではない。ラディアを見ている。
 優しい顔で。
「……私は、身近に自分の故郷にはいられなくなった人間を知っていますから」
 と、彼は言った。「故郷を離れる気持ちはさまざまですが、少しは分かります」
「それはつまり、あんたもそういうクチってことかい」
「………」
「人を散々こけにしといて自分はだんまりかい? 最低だよ」
「シグリィ様もセレンも」
 カミルは目を伏せる。
「故郷にいたくても、いられなくなった二人です」
 ラディアは動きをとめた。あの二人も……?
「シグリィ様はおそらく、あなたのことに気づいている」
 ラディアははっとカミルの目を見た。薄暗い中、たしかに息づいて見える淡い茶色の瞳。
「そしてイドルという男のことにも。何かを感じ取ったのでしょう。だから、無理をしてでも今回の仕事をこなそうとやっきになってらっしゃる」
「……あの坊やは」
 ラディアはつばを飲み込もうとして失敗した。喉はからからだった。
「何者、だい」
「さあ、それは私にも」
 微苦笑して、カミルは首を振った。
「知らないのかい? それで護衛なんておかしいだろう」
 いらいらとラディアはテーブルを叩く。
 応える青年の声は穏やかだった。
「……仕えたいと思った方ですから」
「………」
「それよりも今は、シグリィ様があなたとイドルさんの間に何かを見出したらしいということ。そこが重要なんですよ」
「あたしたちの間に……?」
 ラディアは顔をしかめる。あの憎い男と自分に何かを見出す?
 たしかに、自分らには共通点があったようだ。故郷を嫌って逃げ出したこと。そしてこの南部に腰を落ち着けたこと。
 この南部で落ち着ける場所を見つけたこと。
 ――落ち着ける、場所?
 ラディアは腑に落ちない気分に陥った。自分はたしかに、優しい夫に出会い、たったひとりだが元気な娘に恵まれ、自分でも自分が南部人なのだと錯覚するほど馴染んだ。
 しかしあの男は?
 シャンネス家に仕えて、それほど南部に馴染むことができたのか?
「……北部の人間は、相当孤独だと……言うね」
「同時に排他的とも言われます」
「……北部に生まれると、どんな気持ちなんだろうね」
「あなたは雪を見たことがありますか?」
 青年は問う。
「雪……」
 ラディアは天井を見上げて考えた。
 蝋燭の火があまり届いていない天井は、夜の空のように暗い。それでいて、かすかな灯りが灯っているさまは、懐かしい西部の風習を思わせた。西部の大国グランウォルグでは、祭りの日は夜通し薄暗い灯火を灯し、家族でテーブルを囲んでプディングを食べた。
 ラディアは西部のそのまた南寄りの生まれで……
 雪など、
「――見たことがない」
 話にしか、聞いたことがない。
 それは空に浮かぶ雲が小さくなって落ちてくるようなものだとも聞いた。綿が降ってくるようなものだとも聞いた。
 とても冷たいものだと聞いた。
 ほどほどに積もれば楽しい遊び道具にもなるが、積もりすぎれば災害を起こすと聞いた。
 そして北部の人間は――
 一年の三分の二を、雪とともに過ごすと、聞いた。
 場所によっては一年中でも。
「雪がどうかしたかい」
 ラディアは青年から顔をそらす。
 燭台を見つめた。ゆらゆら揺れる蝋燭の火が儚かった。
「雪は、本当に冷たいんですよ」
 とカミルはつぶやいた。
 彼は西部の生まれらしい。西部でも北部寄りは雪が降るし、何より彼は旅人だ。北部を通っていれば知っているだろう――いやでも。
 青年は、続けて言った。
「……冷たい環境は、ときに人の心も凍らせます」
「―――」
「雪の中の住人は心を暖かく保たないと、生きていられないと言います。そうでなければ凍った心を持つか。両極端に」
「な」
 ラディアはのどを引きつらせた。
「なんでそんな話をあたしにするんだい」
「……シグリィ様がおっしゃっていたんですよ」
 彼が、戸口の方を向く気配がした。
「鏡は人の心を映す器具だな――とね」

 一緒に屋敷まで行こうと、少年は言った。
 ふざけるなと、本当は拒否すべきだったのかもしれない。いや、そうすべきだったのだ。
 なのに自分は今、少年と女をともなって、シャンネス家への道を歩いている。
 わたしは何をやっているのだ――?
 敵をわざわざ道案内してやっているのか。
 なぜ? 何のために?
 この二人の目的は分かりきっているというのに。
「迷うな」
 斜め後ろから、また業腹な声が聞こえる。十代半ばに見えるのに、やけに落ち着いているのがまた腹立たしい。
「迷わなくていい。私たちは屋敷に忍び込むだけだからな」
 ……ああ、まただ。
 また頭がぼんやりして、何も考えられなくなる。
 精神支配。頭の隅で分かっていても、抗えない。
 この子供はいったい何者なんだ……?
 答える声はない。どこにも答はない。
 やがて、
「あ、見えてきましたねー」
 女が間抜けな声を出した。
 道の先に、大きな屋敷が姿を現した。

 お前は普通に入っていけばいい。少年はそう言った。
 自分たちは裏口に回るからと。
 そうして別れた自分ら。
 マザーヒルズの明るい夜。まだ灯火の消えない目の前の荘厳な屋敷を見上げて、イドルは足が固まった。
 どんな顔をして主人に会えばいいのだ?
 自分は何一つやり遂げていないのに。
 そうだ。そうなんだ。
 ここは、自分の仕事をやり遂げたときにしか戻ってこられない場所なんだ――

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