具現能力とは、朱雀の《印》を持つ者の力のことだ。古い呼び名では魔力とも言う。
それは大気中にあるエネルギーをプラスに働きかけたり、マイナスに働きかけたりすることで生まれる炎や冷気を操る能力。
また、具現能力が発達した人間は、イメージしたものを具現化することができる。ここまで出来る人間のことは具現士、また古い呼び名で魔道士と呼ぶ。
例えば――
大気中のエネルギーをうまく操って、爆発も起こす。
ラディアは呆然と立っていた。
破壊された壁を見つめて。
一面だけではない。右も左も正面も、あちこちに人が通れそうなサイズの穴が空いた――
あまりのショックに、敵の次の術が彼女に向かって発動しかけていることにも気づかなかった。
「ラディアさん!」
炎の球が飛ぶと同時、カミルがラディアの小柄な体を抱えて横に飛んだ。炎の球が通り過ぎ、空中で爆ぜた。テーブルが弾け飛んだ。
具現能力による火は、具現者がそうイメージしない限り、他のものに燃え移る火にはならない。しかしそんなことはもう、ラディアの救いにはならなかった。
家が、家が壊れてしまった。
元は夫の家系が代々護ってきた家。
自分を受け入れてくれた家系が護っていた家。
夫と二人になってからは、二人で護ってきた家。
ああ――
ラディアは泣き崩れた。これは代償なのか?
あれを取り戻そうとした代償なのか?
けれど、あれを取り戻さない内は死ねない。
葛藤の中でひたすら泣いた。
「ラディアさん、立ってください!」
そう言う青年の声も、耳に障っただけで消えた。
彼は何をしたのだろう。悲鳴が聞こえて、誰かの足音も重なって、このセアルの街でそろそろ眠りに入ろうというこの時間に逆に騒がしくなる。
近所の人間は不審がっていないか。不審がらないはずがない。今に人がわらわらと集まってくるに違いない。そして驚くだろう。この貧乏屋敷の悲惨なありさまに。
「あんた……あんたぁ」
ラディアは床に突っ伏したまま、まだ泣いていた。
そんな彼女に、
「ラディア・パール!」
夜闇に轟かせるかのような声が刺さった。
「ラディア・パールよ! 今すぐシャンネス家に来い! でなければ容赦はしない!」
名を呼ばれたことで、ラディアは我に返った。
ゆらりと立ち上がり、壁に空いた穴から入ってきた数人を壮絶な目つきで見回した後、
「お断りだね!」
吐き捨てるように言った。
正面の扉をわざわざ破壊して入ってきた一団がいた。その先頭に立つのは、細身で背の高い男だった。唇に傷がある。
唇傷の男は、目を細めてラディアを見た。
「あまり反抗すれば、もっと悲惨な目に遭うぞ?」
「これ以上どんな悲惨な目に遭うと言うんだい!」
そう怒鳴ったラディアは、次の瞬間に思い出した。
自分には、家族がいることを。
「あいにくお前の孫夫婦はここに住んではいないが――」
唇傷の男は対面の壁を破壊した男に向かってあごをしゃくる。
心得たとばかりに、対面の壁にいた男七人の内、五人が外へ出た。
「おやめ! おやめ……!」
ラディアは必死で叫んだ。今すぐにでも外に出たかったが、壁にはまだ二人残っている。ラディアに向かって手をかざしている。自分が突破できる場所ではない。
外で荒ぶる音がする。大切な家族たちが――
「――おやめええええ!」
渾身の限り叫んだそのとき――
ひゅっと風がうなり、ラディアの行き先を閉ざしていた男二人があっという間に床に崩れた。
続いて外で。
声も立てずに。
「な……なんだ?」
命じた唇傷の男でさえ、怪訝そうな声を出した。
「何が起こった?」
ラディアは全身を震わせていた。彼女は気づいていた――自分を護るようにしていた青年が、今傍にいないことに。
「――何も起こっていませんよ」
壊れた壁に腕をかけて、彼は言った。
「何も、ね。ラディアさん」
とカミルは微笑んだ。
外の家族たちが暴れる音が、やがて止んでいく。
嬉しくて、嬉しすぎて涙が出そうになった。
「だ、誰だ貴様は!」
今さらになって、唇傷の男が吼えた。カミルは片眉を上げて、
「誰でもいいじゃないですか。とりあえず私はラディアさんの味方ということさえ分かって頂ければ。ああ、外の方々は多少怪我を負って頂きましたが、まあ半月も経てば治るんじゃないですか」
「この短時間で五人全員倒したというのか……?」
唇傷の男が呆然とカミルを見つめる。
カミルは足下を指し、
「このお二方を入れるなら、七人」
床に倒れ気絶している、壁を塞いでいた二人を指した。
唇傷の男が顔を真っ赤にした。
「馬鹿な、出来るはずが」
「その目でごらんになりますか?」
カミルが場所を横に動いた。外が見えた。
牛や豚を飼っている庭で、男たちが倒れているのが見えた。五人。
――城を突破することぐらいたやすいことですよ。
シグリィの言葉を思い出して、ラディアは今度は畏怖ではなく喜びに打ち震える。
しかし……
外で倒れている五人を見つめる内に、どんどんと心に積もっていく思いがあった。
やつらは、あたしの大切な家族を殺そうとした。
そうだ、やつらは。
そしてそれを命じたのは誰だった?
ラディアはゆっくりと振り向いた。その視線の先に、唇傷の男。
カミルを見ていた唇傷の男は、視線に気づいてラディアを見、その壮絶な表情にぎくりと反応した。
ラディアの肩の《印》が輝いていた。
燃える心のままに。
カミルがはっと声を上げる。
「ラディアさん、よしなさい!」
しかしそんな声では止まらない。この怒りの炎は止まらない。噴き上がる憤りは止まらない。
大切な手鏡を奪われた上に、家族まで殺されかかった自分に、どうして止まる理由があっただろう?
今までに感じたこともないほどの熱が体中をめぐった。
「ラディアさん!」
青年が何かを叫んでいるが、気にしない。気にならない。
自分にこれほどの力があるとは思わなかった。朱雀の《印》が自分の脳裏で輝かしく光を放っている。
ああ、あたしにもやれる。
報復してやる。
視線の先。唇に傷のある男。
あの男を。あの男を――
ラディアの両手から、たちまちに炎の渦が生まれた。
「――!――!――!」
青年の叫び声は、もはや耳に入らず通り過ぎていく。
唇傷の男が一歩、二歩と退いた。その顔に、恐怖の色が浮かんでいた。他の術者たちが一斉にラディアに向かって魔力を放つ。しかし今のラディアの炎に勝てるものはひとつもなかった。
消えてしまえ。
あたしの大切なものを奪おうとするものは消えてしまえ。
それは明るい炎に照らし出された、どす黒い感情。
渦巻くのは暗黒への道。
ピエロがいたずらに手招いている。
構わない。
堕ちてしまってもいい。
大切なものを、これ以上喪うくらいなら――
ラディアは両手を振りかざした。
「あの世へ――逝っちまいな!」
ごう、と炎が燃えさかる音がして、
ああ、と男たちの悲鳴が重なって、
一瞬まばゆく家が輝いて、
ラディアは高笑いをした。心底愉快だった。燃えろ、燃えろ、燃えろ――!
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