そして……そして?
光が晴れたとき、見えた光景に、ラディアを支配していた黒い炎の心がすうっと冷えた。
「あ……あんた……」
唇が震えた。奥歯が、かたかたと鳴った。体が震えださないのが不思議だった。
目の前に――
焼けた跡をはっきり残した背中がある。
しっかり鍛え上げられた体だった。当たり前だ、彼は剣士……
「カ……ミル……?」
ラディアは初めて、その名を呼んだ。
目の前で、カミルはまるで男たちを護るように立っていた。ラディアには背を向けて。玄関とは反対側の壁にいたはずの彼が、いつの間にこちらに来ていたのか――
「―――っ」
不意に、セレンが胸元を押さえた。
シグリィは肩ごしに振り返った。
「どうした」
「……アミュレットが……」
セレンは首にかけているサファイアのアミュレットを握りしめていた。それはシグリィがかつてその手で造り、渡したものだ。
「アミュレットが熱い」
セレンは苦しげにつぶやいた。「カミルの身に何か……」
「危険な状態か?」
シグリィは立ち止まりセレンに向き直る。
カミルには、セレンのサファイアと対になるルビーの、同じ型のアミュレットを預けてある。彼も肌身離さず身につけているはずだ。
双子石に近いほどに相関性のあるサファイアとルビーを使った。ゆえに、片方に異常があれば、片方に通じる。
セレンはしばらくアミュレットを握って目を閉じていたが、
「……いいえ」
と首を振った。「大丈夫です。彼はまだ……」
「カミル……!」
ラディアは駆け寄った。男たちは、呆然と立ち尽くしていた。
「っつ……」
カミルは汗だくの額を手の甲で拭っていた。
「参りましたね……服が焼けた……」
意識がある。それも正常に。正常すぎて妙なことを心配している。
あれだけの火力をひとりで受け止めた……のだろうか?
それで、生きていられたのか?
「どうして……」
泣きそうな声で、ラディアは彼にすがる。
「どうしてこんなことをしたんだ!」
カミルは少し痛そうに顔をしかめた後、いつもきっちり締めている襟をくつろげて、中から何かを取り出した。
中心にルビーのついた、アミュレットだった。そのルビーが異常なほどに発光している。
青年は微笑んだ。
「どうやらまた、主人とパートナーに救われたらしい……」
「ど……どういう意味、だ……?」
「このアミュレットはシグリィ様に造って頂いた、セレンの魔力がこめられたものです。……セレンの魔力が、ラディアさんの魔力をほとんど相殺してくれたようだ」
「………!」
ラディアはカミルの手にある首飾りを見つめる。その中央の小さな紅い石。それが、自分のどす黒い炎を消し去ったというのか。
いや……完全には相殺していない。
「それでもあんた、怪我したじゃないか! なんでこんな無茶を!」
カミルはアミュレットを再び服の中に入れ、襟を締め直すと、
「あなたに」
ラディアに向き直った。
「あなたに、力を乱用してほしくなかったので」
「………っ」
「あなたにはまだ家族がいるでしょう。どれほど憎くても、簡単に人を傷つけることを考えては……いけません」
ラディアは緩慢なしぐさで玄関とは反対の壁を見る。風のない夜の闇の下。
庭では、起こされてしまった家畜―家族たちが、意味もなく歩き回っている。
家族。
――自分にまだ残されているもの。
「……ああ……」
そうだね、とラディアはつぶやいた。
心の中で、何かがたしかに変わっていく。
この歳になって教えられるとはね、とラディアは胸中でつぶやいた。
「さて」
カミルは剣を持った手を力を抜いているかのように体の横に垂らし、
「このままご退散願えませんか。私としても、これ以上怪我人を増やしたくない」
くそ、と唇傷の男が吐き捨てる。
「白虎ごときが、生意気に!」
朱雀の者は自分が無敵だと思い込むフシがある。少なくとも白虎の《印》者に負けるはずがないと信じ込んでいる。
しかし、ラディアには分かる。
この朱雀の団体は……目の前にいるたったひとりの白虎に勝てない。
否。
彼と、彼の主人と、彼のパートナーの三人に勝てない……
(このあたしの長年の価値観を)
ラディアはおぼろげに思った。
(変えちまう……くらいだから、ね)
セレンのアミュレット、サファイアの部分の発光が止まった。
「カミル、落ち着いたみたいです」
「そうだな」
何があったのかは知らないが、とりあえずカミル側は無事にことが進んでいると思っていいらしい。
本当はシグリィとセレンの力を合わせれば、実際にカミルの身にどんなことが起こっているのかを知ることも可能なのだが、あいにくそこまでやってしまうと、シグリィのキャパシティを超えてしまう。今夜は力の使いすぎなのだ。
それでも、まだやることは残っている。
二人は廊下をひた走る。
そしてようやく、見覚えのある扉へたどりついた。
シグリィは術で鍵を開けると、重い戸を開けた。
書庫。
何千冊とありそうな、整頓された本たち――
「セレン、悪いんだがこの中から家系図を探してくれ。家系図だ」
「へ? この中からっ!?」
「私は探知を先に済ませようと思う。この地方なら―家計図は綴折り式の右とじのはずだ。ざっと見た部分だけでも綺麗に分類されているから、そういう書物が集まっているところにある」
「そんなこと言われてもー」
「頼む」
セレンはぽりぽり指先で頬をかいて、
「……私にできるとは思えないんですけどー」
とぼやいた。
「大丈夫だ、できるから」
「うー」
「迷っている内に行動だ」
ぽんぽん、とセレンの両肩を叩いて、にこっと笑う。
セレンは恨めしげにシグリィを見て、
「シグリィ様ってときどき無茶……」
「どこが?」
「なんでもありませんー」
そうしてセレンは渋々と延々と続くかのような書物の棚の前を歩き出した。骨が折れる仕事に違いない。シグリィは心の中で手を合わせて、そして自分は目を閉じた。
両手を軽く広げる。指先から枝葉が伸びるかのように神経が広がっていく。透視、探知、両方を組み合わせた玄武の能力の中でもトップクラスの術。
イドルは今、屋敷内にいない。
ならばこの術の敵はいない。
神経を伸ばし伸ばし、彼は不審に思う。
(前のときよりも屋敷内の人間が減っている……)
そしてそのことを、すぐに先ほどのアミュレットの異変とつなげた。
(ラディアさんの方に人員を裂いたか……そこまでして、なぜ彼女に執着する?)
そしてイドルから読み取った、彼の主の気配を捜す。
主がいそうな場所。限ればすぐに――
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