「――お入り」
「え?」
「入れって言ってるんだよ。仕方ないからそっちの二人も入りな」
そう言ってラディアは玄関の中へと三人を促す。
シグリィは少し目を細めてから、
「お邪魔します」
と足を一歩踏み入れた。
ラディアの家はとても年季の入った様子がうかがえた。
ミルクの入ったコップを、テーブルの周りに座った三人の前に乱暴に置くと、自分は赤茶けた飲み物を置いて椅子に座る。
――薬草茶だ、とシグリィは思った。
セレンがミルクを飲んで、
「おいしーい。新鮮ですね、このミルク」
ラディアはセレンをじろっと見て、
「当たり前だよ。うちの庭で飼ってる牛から採ったんだからね」
「ああ、やっぱり」
とシグリィは東の方向を向く。「あっちから何か生き物の気配がたくさんしていましたが……家畜を飼ってらっしゃるんですね」
「あんた、そんなこと分かるのかい」
「これぐらいは分からないと、青龍の《印》に怒られます」
首筋を撫でてみせると、ラディアはむっつりと口をつぐんだ。
この大陸に生まれる人間が、その体に必ずひとつは持つ四神の《印》。
カミルは白虎の《印》を持つ。セレンは朱雀だ。
そしてシグリィの見立てでは、ラディアも朱雀のようだった。南部のマザーヒルズでは当たり前に見られる《印》である。
「……青龍は、大地の気配に敏感だったんだっけねえ」
ラディアは薬草茶を一口飲んでから、重い声で言った。
「あんたは、東部の出かい」
「そうですね……まあ、そんなようなものです」
「あたしははっきりしないのが嫌いだ」
「よく覚えていないんですよ。色々事情がありまして」
シグリィはごまかした。ラディアはちっと舌打ちする。不機嫌を隠そうとしないタイプだ。幸いシグリィたちは長旅で、大抵の人間には慣れている。
ちなみに言えば生まれ持つ四神の《印》は、大部分生まれた土地で決まる。南部に朱雀が多いのは、朱雀神アプロスが南部の守護神だからであり、青龍だと東部だと思われるのは、青龍神コーラインが東部の守護神だからであり。
実際のシグリィの生まれた土地は、大陸の中央部なのだが……そんなこみいった話を、ラディアにするつもりはない。
「ラディアさんは、いつから動物を飼育されているんですか?」
ラディアの気をそらそうと、シグリィは関係ない話を持ち出した。
「もう三十年になるさ」
「三十年……。それでも五十歳の頃からですか」
「旦那が死んで、受け継いだんだよ」
「ああ、なるほど」
それまでは――とラディアはまた薬草茶を飲んでから続けた。
「家畜になんぞ、興味はなかったんだがね」
「今では愛する家族だと?」
そう言うと、ラディアは不機嫌丸出しで少年をにらむ。
シグリィは軽く笑って、
「だって、感じられる家畜の数が多すぎるんですよ……それも、鶏や牛といったものじゃない、豚や牛もいるのに、かなりの数が。増えたんじゃないですか?……殺せなくなってしまったんでしょう?」
「うるさいよ」
ラディアは吐き捨てるように言って、ぐびぐびと薬草茶を飲み干し、がたんと椅子から立った。
「ラディアさん?」
「おかわりを淹れてくるだけさ」
つかつかと台所に戻っていく老女の背中を、楽しげに見つめていた少年に、セレンの小声がかけられる。
「シグリィ様……怖くないんですか? あの人」
「なんで怖いんだ? 普通の女性だ」
「……さすがシグリィ様」
「何が?」
心底不思議に思って連れの二人を見比べると、カミルは苦笑し、セレンは嬉しそうに微笑んだ。
「いえ、やっぱり私たちのシグリィ様は素敵だなーって」
|