リセット - 5
前へ目次次へ

「旅人ってのは、大変なんだろうね」
 どかっと椅子に座り直したラディアは、開口一番そう言った。
 それに小首をかしげて返し、
「さあ……長く旅をしていると、旅の楽しさばかり覚えてしまいますから」
「そうかい。だが、五年も旅をしてるってことはさぞかし腕が立つんだろう」
「誰とも比べたことがないので知りませんが、まあそれなりには」
「頼みがある」
 唐突に、老女の口からそんな言葉が飛び出した。
「なんでしょう」
 シグリィは冷静に対応した。カミルは表情を動かさなかったが、セレンは仰天したようだった。まさかラディアが自分らを頼るようなことがあるとは思わなかったのだろう。
 ラディアはゆっくりと言った。
「あんたら、泥棒の経験はあるかい」

「シグリィ様」
 呼ばれて、シグリィは我に返った。
「ん? なんだ?」
 横を向くと、セレンが顔をのぞきこんできていた。
「さっきから、何をぼーっとしてらっしゃるんですかー?」
「いや、回想を……」
「回想って」
「なんでもない」
 ごまかして、彼は目の前の建物をもう一度見上げる。
 暗闇の中、たくさんある窓からオレンジ色の灯火が消えない建物は、その外観をさらしていた。
 豪勢な建物だった。造りはマザーヒルズの実に五百年前の装飾の面影を残している。その一方で、壁などの様子がきれいなところを見ると、何度も建て直しているか、それとも最近になって昔の装飾を好んでわざと造ったかのどちらかだろう。そのどちらなのか、もっと明るい時間に近くに行けば分かるだろうが、あいにく今は夜だ。マザーヒルズに白夜はない。
「泥棒、か……」
 つぶやくと、厄介ですよねーとセレンが持っていた杖をぶんぶん振り回した。
「『シャンネス家に忍び込んで、シャンネス家が昔あたしらから奪ったもんを取り返してくるんだよ』」
 声真似をして――そっくりだった――彼女はむっつりとする。
「奪ったなんて、本当ですかねー?」
「さあ、分からないが……嘘の様子は見えなかったな」
 嘘をついている人間は、体に何かしら変化が起こるものだ。心拍数だったり、目の動きだったり、瞳孔の開き具合だったり。シグリィはそう言ったものにも聡い人間だったが、それでもラディアが嘘をついているようには見えなかった。
「どうなさいますか、シグリィ様」
 とカミルが慎重な声で言う。「先ほど私が回ったところによると裏門があります。そちらから行きますか」
「えー。本当にやるのー」
「文句を言うなセレン。これでお前がやったことがちゃらになるんだ」
 う、とセレンはうめいた。だらだらと汗を流している。カミルがしらっとした目で彼女を見ていた。シグリィは苦笑した。
「やるしかないな。……この豪邸のどこかに、問題の手鏡がある」
 見上げる豪邸は、いやに大きく見えた。

 裏門から忍びこむ――
 気配を消すのは色々と精神力を使って面倒なので、
「姿を消すか……」
「いいんですか? シグリィ様ぁ」
「いいさ」
 背中が熱を持つ。そこにある《印》が発光するのが分かる。その名は玄武――
 すべての理を、無視する力。
 体が透明になるわけではない。ただ、他人からは感知できなくなる。
 そんな術を、自分らの体にかけて。
「さて、行くか」
 シグリィは連れ二人を促した。
 堂々と裏門を開けて。

前へ目次次へ