リセット - 6
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 裏門の先には、大型の番犬が数匹いて、人間では分からないその飛びぬけた察知力で吠え始めた。
「かわいい犬ー!」
 セレンが場合も考えずに騒いで、
「よしよしよし〜」
 と大型犬に手を伸ばす。
「なにを考えてるんですか!」
 カミルがとっさにセレンの体を引っ張った。宙に浮いたセレンの手を、今まさに犬が噛みつこうとしていた。
「あーん、愛情が届かないー」
「そういう問題じゃないでしょう……」
 カミルはセレンの手をしっかりと握る。
「あ、えっち」
「なんでですか!」
「女の手なんて軽々しく握っちゃだめよー」
「こうでもしないとあなたはなにをするか分かったもんじゃない」
「どういう意味よっ!」
「そのままの意味です!」
 言い合う二人をぼんやりと眺めていたシグリィは、
「……嬉しいか? カミル」
 びくっとカミルが動きを止めた。
 シグリィの意地の悪い口撃はやまない。
「まあ、都合つけてたまにこんなことぐらいできないと、お前は報われないからな。とか言いつつ報われてない理由はお前自身の言動だとも思うんだが。だがお前が嬉しいんなら、私もけっこう嬉しいぞ。たまにはお前も幸せな思いをしろ」
「シグリィ様……」
 がっくりとカミルが肩を落とした。
「なんの話ですかー?」
 セレンが不思議そうに少年を見る。
 シグリィはにっこり笑って、
「ん。世の中幸せな人間が多い方がいいという話だ」
「???」
「シグリィ様っ!」
 カミルの制止の声が飛ぶ。はははと軽く笑ってから、
「じゃあ、行くか」
 と犬たちが吠える中をゆうゆうと歩き出した。
 カミルはセレンの手を放すかどうかで逡巡したようだったが、結局放さずに女を引っ張って歩き出す。
「ちょっと痛いわよう!」
 女が文句を言う声が聞こえた。

 屋敷の裏には、使用人専用なのだろうか、小さな木戸があった。
「ここから入るのがいいか」
「ですが、使用人に見つかります。……戸が開くのが」
「別に姿が見えんのだから、怪奇現象にでも思われるだけだろう。開けるぞ」
 シグリィの能力で鍵をはずし、戸を開けると、中は厨房になっていた。と言っても薄汚い厨房なので、使用人専門の厨房だろう。家人のためのキッチンは別にあるに違いない。
 使用人がたまっていた。休み時間なのか、台の上には残り物らしきものがたくさん載って、それをつまもうとしている人間が何人もいた。
 しかし、彼らは今、ぎょっとした様子で揃って戸を凝視している。
 視線が集まったことも無視して、シグリィはとことこと使用人たちの横を通り過ぎていく。カミルはセレンを中に引き入れると、そっと戸を閉めた。
「うわあっ!」
 誰かが悲鳴を上げた。 「お、お、おい、何だ今の!?」
「か、風だろ? 風!」
「でもよ、番犬がやたら鳴いてなかったか?」
「ちょっと待てよ、誰もいないだろ!」
 そんな騒ぎが厨房を埋め尽くしたが、知らん顔。
 途中でセレンの杖の先端がぼかっと男の一人の頭に当たり、
「あ」
「おい! 今俺を殴ったのは誰だ!」
 男が顔を真っ赤にして怒り始めた。怪奇現象だ怪奇現象だ、今この部屋の中には何かがいる! と――本当に何かがいるわけだが――ますます騒然となる厨房を、きれいさっぱり無視して、シグリィは厨房の入り口を抜けた。
 伸びる廊下――
 じゅうたんが敷かれている。贅沢なことだ。使用人ぐらいしか通らないだろうここの部分にさえ、手を抜いていない。
 セレンが杖の先に灯火を灯す。
 照らし出された壁は、きれいに磨かれていた。ところどころに花瓶が置かれ、秋の花が活けられている。
「きれいな廊下……」
 セレンがほうとため息をついた。
 壁は、きれいな白と薄オレンジの、マーブル模様をしていた。磨かれてぴかぴかとてかっている。
「使用人の手が行き届いているんだな。しつけがいい」
「使用人のしつけのよさは格式の高さにつながりますからね」
「なんか、そういうのではかるのっていやだけど、でも使用人さんがしっかりしてる家っていいなあ」
 三人で会話しながらあてもなく歩く。
 どこにあるかなど、手がかりはない。とりあえず片っ端から部屋を調べるしかなかった。
 やがてたどりついたひとつ目の部屋は、書庫だった。
「……ここに手鏡があるとは思えんな」
「あるとしたら、倉庫だと思うのですが」
「もしくは、実際に使っているとして……誰かの部屋か」
 ふむ、とあごに指をかけて、
「とは言え、ラディアさんの話を信じるなら、それは盗まれた手鏡だ。堂々と使っているのもどうかな」
「ラディアさんの家は一般家庭よりも若干貧乏な様子でした――」
 カミルが目を伏せた。
「金持ちの傲慢さで、口を出せるはずがないとたかをくくっているかもしれません」
「実際、口を出せないから、ラディアさんはこんな手に出たわけだからな」
 ――奪われたんだよ、あたしのこの手から。
 あの老女はそう言った。
 ――あたしのたったひとつの宝物を。
 それはそれは美しい鏡だったのだという。一人娘も嫁に行き、二人きり残された貧乏夫婦が、大切に護っていた手鏡。
 ところがその美しさをどこから聞いたものか、突然シャンネス家の遣いがやってきて、乱暴に奪い去っていった。
「金持ちの目から見ても、いい手鏡だったわけだろうからな……」
 シグリィは書庫をぐるりと見渡しながら、
「しかし、他の街人でシャンネス家がそんな手鏡を持っているという話を知っている者はいませんでした」
 カミルが、昼間の内に行った聞きこみの情報を改めて口にする。
「となると、使用人が知っている可能性も限りなくゼロに近くなります。……そう言った噂はいやでも外に流れます」
「そうだな」
 シグリィは床を蹴った。
 埃はまったく舞わなかった。

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