カミルは旅人三人組の料理番。料理の具材を見つけたら、いち早く反応するのが彼だ。
旅の途中で見つけた具材を収穫するために、しばしば他の二人と離れることもある。
小さめの布袋をたくさん持ち歩いておくこと。これ第一条件。
「たくさん収穫できましたね……」
カミルは満足して、布袋の中身を確かめた。
アニスシード。
甘い香りのスパイスだ。
アニスがあれば料理酒も作れるし、精油も作れる。シードのままケーキにも練りこめるし、おまけでポプリも作れる。
味も甘く防腐性に優れ、とにかく便利なのだ。
道端にアニスの花が咲いているのを見つけて、主の許しを受けて少し寄り道してしまった。今は急ぎだったのだが、自分は料理番として、こういうものを逃せない。
さて、収穫し終えたら先に行った二人を追わなくては。
袋をしまい立ち上がりかけて――
ふと感じた気配に、はっと視線を走らせる。何かがいる。どこに、何がいる――?
と緊張した彼は、やがて気配の主を見つけて、ほっと体を弛緩させた。
「リス……」
ちょろちょろ。カミルの足元を通り過ぎて、そしてアニスの花の下で止まったのはまぎれもなくリスだ。コールエークホルンという種類の、東部独特のリスである。
親が一匹。子が三匹。
親リスは、アニスの花の中に鼻っ面を突っ込んだ。がさがさとその小さな両手で中を探っている。
カミルはぽりぽりとこめかみをかいた。
――コールエークホルンの好物アニスシードは、たった今自分がほとんど採ってしまった。
採りすぎて悪かったかと思い、カミルは改めてしゃがみ、アニスシードを入れた布袋を取り出した。
するとリスたちは敏感に反応した。アニスの花に顔を突っ込んでいた親リスががさっと顔を出し、ぴくぴくと鼻を動かす。子リスたちはすでにちょろちょろとカミルの足元までやってきていた。
親リスが猛然とやってくる。
そして、どーんとカミルに衝突した。
――ハムスターのような習性を見せるこの小動物だが、間違いなくリスである。姿がリスだ。何度見てもリスだ。
きゅうきゅう、きゅうきゅう
鳴き方がこんなでも、間違いなくリスだ。
この勢いでせっかくのアニスシードを全部奪われてはたまらない。
きゅうきゅう
鳴くリスの頭上高くまで袋を持ち上げて、袋に手を突っ込んで一掴み。
それをコールエークホルンの足元にばら撒いた。
早速リスたちがせっせと拾い始めた。頬袋にぐいぐい詰めていく。頬が膨らんで垂れ下がり、おかしなおばあさんの顔になる。
親リスはそれを手早く済ませていたが――
子リスはまだまだ慣れないらしい。
ぽろぽろとアニスシードを手から落とす。下手すると頬袋の中からもこぼす。ぽろぽろぽろ。
しかし慌てて拾い直す子リスのなんと愛らしいこと。
(セレンあたりがいたら絶叫して歓喜しそうだ……)
カミルはしみじみと思った。主も動物は好きだが、こちらは呑気に眺めているのが好きなタイプだ。
やがて、
きゅうきゅうきゅうきゅう
もっとちょうだい攻撃が始まった。
「こら、まだ残ってるでしょうがっ」
カミルはまだ地面に転がっているアニスシードを拾って、親リスの鼻面に押し付ける。
親リスは、
ぺいっ
と渡された種を叩き落とした。
カミルは引きつった。
「い〜い度胸じゃないですか……」
ふ・ふ・ふ。
小動物相手に本気になる男、カミル。
根っからの料理番。
なぜここでさっさと逃げないのか、そこのところも不明な不思議な男。
「ではお仕置きを」
なんてことを口に出したもんだから、ここにセレンがいたら、「サド! サド男!」と騒いでいるところだ。
しかし小動物を相手に何をお仕置きするのだろう? イッツミステリー。
何のことはない。
カミルの手は親リスの首根っこをつかみ、
「はい、高いたかーい」
と持ち上げ、
すぐに手を放した。
ぺしょっ
親リスはつぶれたカエルのごとくの姿で、地面に落ちた。
その拍子に、頬袋の中身が全部飛び出した。
親リスがのそのそと起き上がる。コールエークホルンは非常に丈夫だ。もちろんそれを知っているからカミルもこんな阿呆なことをやっているのだが。
とにかくのそりと起き上がった親リスは――
そのままどっかーんとカミルの足に追突してきた。
と思ったら、またすぐに戻っていき、落としてしまったアニスの種を頬袋に詰め始める。
「………」
カミルは意味もなく敗北感に襲われた。
ここに仲間の2人がいなくてよかったと心底思った。
いたらセレンは大爆笑し、自分をからかいまくり、そのネタで一週間は引っ張るだろう。
主人は主人で、「大丈夫か? 熱はないか?」と見当違いの心配をするだろう。
………
自分は何をやっているのだろう。
「もう戻りましょうか……」
立ち上がったカミルは、アニスシードの袋をもう二回りも三回りも大きい道具袋に入れようとして――
ぽろぽろぽろぽろ
「………」
カミルのアニスシード入れから、こぼれていく種。
よく見ればいつの間にか――
袋に穴が開いている。
そして、
……親リスにお仕置きしていたせいで気づかなかったが。子リスたちが――カミルの足元にまで来て、せっせとアニスシードを口に詰めていた。
推測するに、袋に穴を開けたのは……子リスだ。
青年は引きつる。影を背負って引きつる。いや影ではない。どす黒いオーラだ。
「お前たち全員――」
この瞬間の彼は本当に、
本当に――大人げなかった。
「お仕置きしますよ!」
ぺしょぺしょぺしょ
次から次へとカミルに宙から地面へ落とされ、愛らしい姿になる子リスたちは、きゅうきゅうきゅうと鳴いた。
ちなみに子リスたちにはさすがに遠慮して、親リスほど高いところからは落とさなかった。
子リスたちの頬袋からぽろぽろこぼれるアニスシード。
カミルはため息をつく。
「……一度取られてしまった分は、諦めますか……」
するとそのつぶやきは通じてしまったらしい――
親リスがまた猛然とタックルしてきた。そして、青年のブーツをがじがじする。
カミルはすばやくアニスシードを隠して、
「もうあげませんよ!」
威嚇した。
小動物とにらみあう二十代半ば・男。
かなり微妙。
親リスにならって、子リスまでもがカミルのブーツをがじがじし始めた。
「いい加減にしなさい!」
上から下に落とすことはできても、蹴り払うことはなぜかできないこの不思議。カミルは一匹一匹引きはがそうと試みるが、一匹はがすと別の一匹が戻ってくる。
途方に暮れた。
「どうしろと言うんですか……」
お空を仰いで嘆いたとき、
「おーいカミル。かーみーるー」
遠くから呼ぶ声がした。
主人たる少年の声だ。カミルは焦った。どうしたものか、返事をするのはいいが、このコールエークホルンたちは……
考えているうちに、少年はカミルを見つけて近くまできてしまっていた。
その隣には、もちろんもう一人の連れ――セレンも。
「わあっ、かわいいハムスター!」
「いや、リスだ。セレン」
案の条の反応をしたセレンに、正しい知識を教えてくれたのは少年シグリィである。彼は博覧強記なのだ。
で……
「アニスシードを採った形跡があって……」
シグリィはアニスの花をちらっと見てから、
「実際アニスの香りがしていて……このリスたちの頬袋も膨らんでいて……でもお前の靴をかじっていて……」
「カミルってば」
セレンがぷうと膨れた。「この子たちに分けてあげなかったの?」
「……あげましたよ」
カミルは気を落ち着かせようと深呼吸をする。さっきまでの茶番劇を二人に知られたくない。
しかし、察しのよすぎる主人というのは時に残酷だ。
「コールエークホルンは意地汚い……というとかわいそうか。執着心が強いからなあ……それでもうまくかわせば逃げられたろうに、お前、余計なちょっかいかけなかったか?」
「シグリィ様……」
カミルはほんの少し唇の端を引きつらせた。そんな状態で無理やり笑顔を作って、
「それくらいの知識は、私も持っておりますよ」
「え、なーんだ。じゃこの子たちやっぱり食い意地はってるのね。でもかわいいから許すー」
セレンはころっと騙されて、えいえいとカミルのブーツからリスたちを引きはがし始めた。
「………」
シグリィはそっと目をそらし、
「……早くカミルを解放してもらわないと、旅に支障が出るからな……」
そそくさとセレンにならった。
カミルは心の中で、滝のような涙を流した。
人は見かけによらないものなんです。
普段真面目に見える人ほど、そのギャップは素晴らしいものなんです。
ちなみに。
その日の夜、カミルは宿のベッドの中でも、コールエークホルン(巨大化バージョン)と戦っていたとかいないとか……
【終わり】
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