| Without Wings 〜1〜
「――以上で、中等部生徒会報告は終了いたします」 静かにそう告げて、 眼鏡のレンズを通して見えるのは、月一で定期的に行われる報告会の、いつもの面子。 小学部・高等部の生徒会会長――そして、中等部生徒会長の自分。その部屋にいる生徒はそれだけだった。他は皆、三つの部それぞれの校長を筆頭とした、教師連中。教頭や生徒主任他、情報センターや図書館の管理責任者などである。 教師の密度の方が、明らかに高いこの報告会。たった三名の、自分を含めた生徒は、当然ながら多少の緊張を強いられる。 もっとも――未来は、こういった状況がむしろ楽しいという変わった性格の持ち主だった。適度な緊張。コントロールさえできれば、なかなか心地いい高揚感。 ただ、そんな彼女でも……この一瞬は身構えることになる。 自分が報告を終え、教師からの意見を待つこの一瞬。 自分の報告に関して、つけこまれるような落ち度はないことを未来は確信している。彼女の仲間の生徒会メンバーは皆優秀だった。毎回、それはこの報告会での教師の反応が証明している。今回も、例外になるとは思っていない。 ただ、今回は―― 「……遠伸君」 まっさきに口を開いたのは、高等部の校長だった。ここにいる教師の中でもっともキャリアがあり、それだけに古い思考の持ち主の。 「一つ、報告が足りないと思うが?」 「何のことでしょうか?」 未来はにっこりと笑って返す。「必要なことは、すべて述べさせていただきました」 「重要なことだろう。――先日の、 ――そらきた。 予想通りの話題提示。未来はかえって落ち着いて、手にしたままだった書類を机に置き、教師たちに向き直る。 「……井波の件は、報告の必要なしと判断いたしました」 「それはどういった基準でかね」 「井波はすでに処分なしと、生徒会で決定し先生方に報告済みです。この報告会は、未報告のことを報告する場所のはずですので」 「その決定は却下したはずだ」 「されました。その上で生徒会で再考し、もう一度処分なしと決定し、もう一度報告いたしました」 ゆっくりと、言葉を並べていく。 「――生徒の処分は基本的に生徒会が決定し、再考は一度までとなっています」 「その決定の判断基準を説明してもらわなくてはいかん」 「報告した通りです。あの件は、処分するほどの問題ではありません」 「病院行きの人間が一人いたんだぞ!」 声を荒らげたのは、血の気の多い教頭の一人。そちらに向き直り、未来は冷静に告げる。 「全治二週間。報告は受けています。ただその怪我は怪我人本人が、持っていたナイフを井波に向け、井波が跳ね返したためのものです。正当防衛以外の何物でもないと判断いたしました」 井波自身も、その際に怪我をしています――と、さりげなくつけたしておく。 「そもそも、七人対一人、かつケンカを売ってきたのは相手の方。井波に責任はありません」 「そのケンカを売った原因は、井波への復讐だった!」 「その原因の件は、井波が他校学生を助けようと行ったことです。その後にその他校生徒がわざわざ井波にお礼を言いにきてくださいました」 二ヶ月ほど前のその件の際、中等部生徒会は純に、三日間の謹慎処分をくだした。今回のように、教師がうるさかったからである。 私立風華学園。名門校として名の通ったこの学園は、不祥事には極端に頭がかたかった。学園の体面をひどく気にするのだ。なにしろ、それでなくともこの学園には、入学をためらってしまうような要素が近年増してきたのだから。 そのことは、未来を始めとする中等部生徒会――なにより“問題児”純本人が、深く理解している。 彼女は――おそらく、処分に抵抗しないだろう。 だが、未来は今回の件に関して、純に処分をくだすつもりは全くなかった。 「遠伸君」 高等部の校長が、苦々しい顔で腕組みをして、視線を向けてきた。 「……今回の君たちの判断は、井波純が生徒会メンバーであることでのひいきとしか思えない。その疑惑を晴らせるのかね」 「ひいきですか。そう思われても一向に構いませんが。――なら、言い方を変えます。井波に謹慎や停学といった処分をくだしたくない。そういうことです」 きっぱりと。――あまりにあっさり認めすぎたか、教師連中の方がむしろ困惑したようだった。 未来は重ねて告げた。 「井波は、言い方は悪いですがこの学園の番犬です。育ちがいいゆえに狙われやすいこの学園の生徒を、この半年間何度心ない人間から守ったかお分かりですか? ちなみにすでに三十六回にのぼります」 教師らが口をつぐんだ。未来の言っていることが、正しいことを知っているからだ。 井波純。風華学園の番犬。それを認めていても、教師たちの渋面は直らない。 その理由も、未来は知っていた。――その“番犬”は、すべてを暴力で解決してきたからだ。教師たちがそれを黙認しても、この学園のとりわけお上品な生徒の親が、そんな存在を許さないのである。 時には、純が助けた生徒当人の親から、純を処分しろと訴えられたこともある――その生徒が、純のおっかけになってしまったのも要因だが。 私立校としては、親たちは大切なスポンサーなのだ―― ――沈黙した教室(普段は講義室と呼ばれる、大きな教室である)。かわりに緊張感だけが部屋を支配していく。 未来はもう一度、ゆっくりと教師たちの顔を見渡した。 そして、一人の教師に目をとめた。 ここにいる教師の中でもっとも若い男。ひょろりとした長身を、報告会中ずっとくつろがせていた、かたくるしいこの時間でもっとも浮いた存在。 そして今、緊張する空気の隅で、一人くすくすと笑っている青年。 それに気づいた他の教師が、青年教師をにらみやる。 「葛西教師。何がおかしいのかね」 「いやー、面白くって」 青年教師―― 「勝てませんよ、先生方。遠伸の言っていることは全部正論ですね」 「葛西教師!」 「井波が以前謹慎していた期間に、この周辺でのゆすりたかり件数が増えたという報告があります。井波は大したもんだ、たった半年でこの辺のワルの畏怖の対象になってますよ」 女の子なのにねえ――と、ことさらおかしそうに、青年は笑う。 まだ二十代後半、教師になって十年もたたないはずの彼は、この学園においてコンピュータのエキスパート――情報センターの管理責任者となっていた。 そして、同時に―― 「井波の処分は、避けていただきたいですね」 葛西はのんびり立ち上がった。いまや講義室中の注目を浴びながら、大して気にする様子もなく。 なぜだ、と問いかける他の教師の視線を、軽い調子で彼は返した。 「“メイツ”の責任者として。井波がいなくては、《闇》への対応が間に合わなくなる――断言しますよ」 講義室内がざわついた。 そのざわめきの中に、たしかに怯えがまじっていた。 青年教師はにこりとして、未来に視線を送ってくる。 未来は教師連中の反応を一通り確認してから、頷いた。もう反論はない――そう確信し、こちらも会心の笑みを浮かべ。 「では、中等部の報告を終わらせていただきます。ありがとうございました」 軽く頭をさげる。 苦々しい教師たちの視線の中、葛西のそれだけが涼しげで穏やかであることを、未来は感じていた。 |