Without Wings
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〜11〜


「しん……!」
 未来はとっさに慎也の体を抱きとめた。慎也の片腕が、未来の体にしがみついてきた。指先がしっかりとつかまることの出来る場所を探して動いていた。肩――腕――
 そして、
「―――っ!」
 気づいて手を払いのけた時には、遅かった。
 次の刹那にはもう慎也は自分で体勢を立て直し、未来の手の届かぬ位置まで逃げるように退いていた。
 教室の中央あたり。そこでようやく振り向いて、微笑む。
「先輩……自分はあんまり実戦向きじゃないって、自分で言ってるだけあるね。ほんと、引っかかりやすい」
 慎也の手の中で、未来の指から抜き取られた赤い指輪がキラリと光る。
 それを認めて、そして自分の左薬指に空気の触れる違和感を認めて、未来は大きくため息をついた。腕組みをして慎也を見返し、
「きみも、いい加減ずるがしこくなったものね?」
「だってこうでもしなきゃ、先輩絶対にこの指輪はずしてくれないんだろ?」
 軽い口調で言いながら、手の中にある指輪をもてあそぶ。
 未来は半眼になった。そっと言葉を紡ぐ。
「……遊び半分でその指輪に触れるのは、やめなさい」
 いつになく、低い声音で。
 慎也が意外そうに、未来を見る。
「どうして?」
「どうしてもこうしてもないわ。それは私の指輪なの――私以外の人間が持っているべきものじゃないのよ」
 それを聞いて――
 目の前の少年は、笑みを浮かべた。ゆっくりと、薄い笑みを。
 乾いた笑みを。
「……これは、先輩には似合わない。何度も言ってるじゃないか」
 指輪をもてあそんでいた手を、ぐっと拳にかためる。
「なんで一番攻撃的な属性が、先輩のものなんだよ? 絶対におかしいじゃないか。こんな危険なものはあの男みたいな人が使っていればいいんだ。先輩にはもっと似合うものがある」
 そう言って、空いていたもう一方の手でズボンのポケットをさぐる。
 取り出されたものは――黒水晶の指輪。
「……もっと、似合うのがある」
 呟きとともに、慎也はそれを未来へと投げてよこした。
 受け止めて、未来は手の中の指輪を見つめる。
 普段は決して指輪をはずさない純だから、こんなことでもなければその指輪をまじまじと見ることはなかった。――自分が持っていた赤い指輪と、とても似ているようでたしかに違う。飾られた宝石はもちろん、その気配も。
 《地》の指輪。
 最強の証……
 未来は顔を上げた。何かを期待するかのように未来の様子を見ている慎也の方へと。
「はめてみせてよ」
 慎也は親にねだる子供のような顔で言った。
 未来は――首を振った。
「……これは、私のものじゃないわ」
 瞬間、慎也の顔がひきつる。
 構わず、未来は繰り返した。
「私のものじゃない。私がはめているべきなのは、《火》の指輪だから」
「―――っ」
 少年の顔が、みるみる紅潮する。
 彼の全身に力がこもったのが分かった。そして、
 慎也はついに、声を荒らげた。
「どうしてっ!!」
 おそらく彼女に初めて向けられるだろう目。憎悪にも似た視線が未来をとらえる。
 ただの教室であったその場に異変が起こった。
「どうして、分かってくれないんだ!! 俺は先輩が《火》じゃ嫌なんだ! どうして、どうしてよりによって――」
 強くなっていく少年の感情に呼応するように、空間が揺らめいていく。
 眩い色が――
 場が、赤く染まった。
 刺激の強すぎるその色から逃れようと、未来の目が一瞬閉じる。
 次に開いた時には元いた教室に重なるように、別の場所のビジョンが視界に広がっていた。
 炎……
 どこかの民家の中で、火事から逃げ惑う少年たちがいる。
 二人の少年は、兄弟だった。自宅に起こった火事から逃げ遅れたまだ若い二人。
 火の回りが速い。木造なのだ。
 家を支えるために数多く備え付けられた重い木が、立っている力を失い倒れ来る。
 ……すべて避けきるには、あまりにも混乱が大きすぎた。

 弟の目の前で、兄は柱の下敷きとなった。

「――どうしてよりによって《火》なんだよ!!!」
 絶叫。
 感情が弾けとび、力をねじまげていく。
 未来は、その場の温度が沸騰するかのように上がったのを感じた。
 とっさに彼女は悟った。
(――いけない!)
 最悪の事態が起こり始めた。
 記憶が現実の世界と重なるように具現化する現象は、あくまで映像部分にしか影響しない。間違っても温度が変わったりするはずがないのだ。
 危惧はすぐに証明された。慎也の記憶のビジョンが一瞬にして消え去り、元いた教室へと戻っても――
 炎だけが消えなかった。
 異変を感じとったか、慎也がはっとあたりを見渡した。
 炎が、赤く揺らめく凶器が、机を椅子を……徐々に燃やし始めていた。
「あっ――」
 慎也が一気に青ざめたのが、分かった。
 事態を理解したわけではないだろう。ただ、その瞳にその赤い色が映ったから――
「う、あ――」
 震える少年の足。彼にとって、それは何よりも恐ろしい光景だった。
 住み慣れた家と、誰よりも尊敬していた兄の夢を奪った眩い赤――
「あああああああっ!!」
 悲鳴とともに――
 炎はさらに猛り狂った。一気に教室全体に広がり、何もかもを巻き込んでいく。
 燃え立つ炎が、二人の間を遮った。


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