Without Wings
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〜3〜


 六月も末の空。夏の気配もありながら、同時にたしかに夏ではない陽気。
「雨降らなくてよかったー」
 雲の多い夕空を見上げて、未来が気楽にそんなことを言っている。
 未来と純の二人は今、学園を出て帰途についていた。二人の家は近くはないのだが、こういう時優先されるのはなぜか・・・未来と決まっていたりする。
「それでさあ純? 今年の文化祭費用のことなんだけど」
「ああ。お前らに財布持たせたらなぜか千円たりなくなった七不思議費用だな」
「そうそう、学校には不思議がつきものなのよ。不思議がなきゃ面白くないでしょ」
「ああ。学校の七不思議ってのはたいてい生徒が作り出すもんだって言うしな」
「……悪かったわよめぐちゃんに財布もたせたのは。あんなに張り切ってたから、友達として信用しないわけにいかないじゃない」
「友人関係より生徒会の立場を優先しろよ。お前会長だろうが」
 純は険のある声音でそう言ってやった。
 ――これがプライベートで起こった問題なら、さしものカタブツ純も“生徒会を優先しろ”などとは言わないのだが。問題はレジのつり銭間違いに気づかず不足が出たのは、生徒会費用だということなのだ。
 純は会計である。責任者として、辛口にもなりたくなる。
 未来は――ひょっとしたらそれが癖かもしれない――何か言い返そうとしていたが、やがて諦めたらしい、
「申し訳ありませんでした。これからは気をつけます」
 と殊勝にも頭をさげた。
「よろしい。で、文化祭費用がなんだって?」
「うん。出し物の舞台セットの見積もりが間違ってたって業者から連絡きたのよね」
「あア!?」
 純が悲鳴じみた声を上げた、その時、
「井波―。それぐらいで驚いちゃいかんぞー生徒会会計をやっているならなー」
 背後からのんきな声。
 未来が振り向いて、「先生」と笑顔になった。
「報告会ありがとね! もータイミングばっちぐーだった!」
 言葉とともに親指を立ててみせる未来に、相手――葛西暎人もぐっと親指をたてて返す。若いこの教師は、ノリがいいので未来と気が合うらしい。
 そんな二人をしらけた顔で見ながら、純は鞄を持っていない手をポケットにつっこみ、ため息をついた。
「幸せ逃げるわよー」
 すかさずさとい生徒会長がこちらを向く。
「それに純。あいさつしなさいよ先生に」
「あいさつより先に、今までの怪しい行動の意味を聞きたいんだが、私は」
 半眼になって葛西の愛想のよさそうな顔を見る。
 怪しい行動? と疑問符を浮かべる未来とは対照的に、教師自身は純の言いたいことを察しているらしかった。
「ああ、二人の後をつけたことか。いや、別に急いで家に帰るわけでもないし、二人の漫才は聞いてて面白いんで」
「………」
「えー。いつから後ろにいたの?」
「少し前だよ。君らこそ、なんでそんなにゆっくり歩いてるんだ?」
 問われて、純と未来は顔を見合わせる。
 明確な答はなかった。
 未来が、葛西に視線を戻すなり言った。
「そりゃね。友情の深め合い?」
「いや違う絶対違う」
「おお。なるほどこうして二人の漫才が磨かれていくんだな」
「ってあんたも納得してんじゃねーよ!」
 純はわめいた。当然ながら、未来にも葛西にも効き目はない。
 ――葛西暎人。風華学園においては情報センターの管理責任者。同時に、中等部生徒会“メイツ”の責任者でもある。ただしメイツの司令塔とかそういった役目ではなく、メイツと学園との橋渡しをしているようなものだ。
 そんなわけで、彼は中等部生徒会とは仲がいい。
「井波。怪我はもういいのか?」
 葛西の視線が純の左腕に向く。純は肩をすくめてから、左腕を軽く振ってみせた。
「――治った。おかげさまで怪我には慣れてるから」
「《地》は回復力が強いらしいな? だからってお前、指輪の力に頼って自分が人間だってことを忘れるなよ」
 葛西が珍しく、その眉宇をくもらせる。純は苦々しく「好きでケンカしてるわけじゃねえっての」と吐き捨てた。
 純の左手薬指、黒水晶の指輪がある。《地》の属性の証。
 その存在を思い出し、わずかに気が重くなる。と、
「だーいじょーぶですよー。指輪なんかなくったって純は強いんだし!」
 陰気な空気を、横から未来が吹き飛ばした。のんきなことを言いながら、純の肩にもたれかかってくる。
「おい! 離れろうっとおしい――」
「大丈夫だもんね。純、指輪の力に頼ってなんかないでしょう?」
 耳元の近くで――
 囁くようにこぼれた言葉が、純の罵声をとめた。
 “大丈夫”。
「――……」
 口をつぐんだ純の代わりに、葛西が楽しそうに笑った。
「遠伸がそういうんなら大丈夫だろうな。井波、あまりまわりを心配させるなよ」
「だから好きでやってるわけじゃねーって――」
 思わずそう言いかけ――
 ふと、気配に気づく。
 今、三人のいる場所は、公園の脇の道だった。この時間帯、夕食のために子供の姿もいない公園――視線をやると、そこに数人の人が入ってきたのが見えた。
 未来と葛西も純の視線の先をたどる。純たちと同年代くらいの男女の集まり。何人かはこの付近の学校の制服を着ていた。複数の学校の生徒が混ざっている。
 彼らはどうやら、口論しているらしかった。
「おやおや。なにケンカしてんだか」
 葛西が額に手をかざしてのんきに言う。
「あんた教師だろ。のんびり静観してていいのか」
「場合によるさ。教師がしゃしゃり出ちゃいかんケンカなんか、いくらでもあるだろう?」
「正論に聞こえるけどな……要するに逃げてねえか?」
「物事の核心ってのはな。時には見えない方がいいんだ、井波」
 ……やはりこの教師は、未来に似ている。
 彼をあてにするのを諦めて、純は隣の生徒会長に「おい――」と声をかけた。
 未来は、なにやら興味深げに他校の生徒たちに見入っていた。
「おい、遠伸?」
「あの子は……」
 と、未来は呟いた。


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