Without Wings
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〜4〜


『ひとが翼なしでも飛べる、なんて』

 ――かつてその言葉を、苦々しげに呟いた少年がいた。

『そんなのウソだ。ひとは足を失っただけで、地上さえ走れなくなるのに』

 ――彼の言うことは、真実だった。誰にも否定できない――それが分かるからこそ、
 彼女は、微笑んだ。
 微笑んで、静かに彼に告げた――

*******

 人々の“心”にとり憑き、人々を狂わす《闇》――
 そしてそれに対抗できる自然界の力、五属性。
 もっとも《闇》を浄化する力が強いのは、《地》属性である。
 だからと言って、《地》でなくては浄化ができないというわけではない。現に、現在の《地》者である井波純は、力の源である指輪を手に入れてから半年しか経っておらず、その半年前までは“メイツ”は《地》属性ぬきで仕事を行っていたのだ。
 ――《地》をぬいた四属性ですべての《闇》を相手にしていた頃。遠伸未来は、ある兄弟に出会ったことがあった。
(一年……まだ経ってないかしらね)
 未来はぼんやりと思い出す。たしか、あの兄弟と出会ったのは秋だった。風が、強くなり始めた頃の――
「あいつら……」
 隣で純が呟いた声で、未来は物思いを打ち切った。
 視線の先、公園の中の学生たちはついに、手が出始めていた。二人の少年がつかみあいを始め、止めに入った女子がとばっちりをくって突き飛ばされている。
 しりもちをついた女生徒。それを無視して少年たちはお互いの胸倉をつかんだまま、何かを怒鳴りあっている。
 それを見てさすがに顔をしかめた純が、とうとう彼らに足を向けた。
 走るでもなく、声を上げるでもない――ただ、ことさら大きく公園の砂を踏み鳴らす。その気配に、生徒たちがこちらを向き――動きを止めた。
(――この年で、しかも女の子で、あそこまで威圧感だせるのもモンダイよね)
 友人の後姿を眺めながら未来は思う。
「遠伸。僕らも行こうか」
 葛西教師に言われるまでもなく、未来は後を追った。
 未来たちがたどり着いたころには、すでに生徒たちは争いをやめていた。
 純がしりもちをついていた少女に手を貸して立ち上がらせ、そこにいる面々を見回す。
 中学生ばかりだ。おそらくは未来たちより年下――一年生か二年生だろう。
 未来は一人の男子生徒に目をやった。つかみあいをしていた二人の片割れだ――背が多少高い以外にはどうということもない、普通の少年である。ただし、その目つきがややきつかった。いかにも気が強そうな視線。
 彼も未来に気づいて、はっと息を呑んだようだった。
 未来は彼に微苦笑を返してから、純を見た。
「――で、原因は何だ?」
 腕組みをして、純が訊く。
 中学生たちは不安そうに、お互いに視線を交わした。気まずそうな空気の中、
「大したことじゃないです」
 口火を切ったのは、あの少年だった。絶えず視線は未来を気にしながら――しかし口調はきっぱりと。
 その一言に、彼とつかみあっていたもう一人の少年が激昂した。
「お前っ! よくもそんな……!」
「よせ!」
 再びつかみかかろうとする彼を純が止める。悔しそうな目を純に向けるその少年に、純は厳しい声音で告げた。
「話を全部まとめてからだ。そうやって力にまかせるから、解決しないんだろうが……!」
「関係ない! 全部こいつが悪いんだ! こいつが……っ」
「俺は本当のことを言っただけだ」
 感情まかせの罵倒に、当の相手から返ったのは冷たすぎる言葉。純に止められながらも顔を真っ赤にしてわめいている男子生徒に、蔑んだような視線を送るその少年に、純がさすがに何かを言いかける。
 だが、未来はそれを制した。
 そして、自分が口を開いた。
慎也しんやクン」
 名を呼ばれ――
 少年は突然子供にかえったような表情を見せた。そんな彼に、半眼でゆっくりと告げる。
「……相変わらずだね。どうしてそう、自分の意見しか通そうとしないの?」
「……先輩……」
 少年は――池上いけがみ慎也は、ケンカ相手に見せた顔とはまるで違う、親に怒られた子のような態度でうつむく。その様子があまりに意外だったのか、まわりの数人の生徒だけでなく、直前まで怒り狂っていたケンカ相手までもが目をぱちくりさせた。
「……なんだ、知り合いなのか?」
 純も気が抜けたように訊いてくる。それに返答するのは先送りにして、未来は慎也に問う。
「君は、何を言ったの。彼に」
 真剣に。
 慎也はぽつりと答えてきた。
「……そいつらが勝ったのは、まぐれだ、って」
「まぐれじゃねえ! 実力で勝ったんだ!」
 再びもう一人がわめきだす。
 どういうことかと、純が少しは落ち着いていそうな女子生徒に目をやると、その女子はびくびくしながら答えてくれた。
「……この間の日曜日、この辺の中学の陸上競技会で……マラソンの男子、昂成こうせい校がいつも優勝してたんですけど、この間は緑葉りょくようが勝って」
「ああ。そう言えばそうだったね」
 思い出して、未来はうなずいた。正式な大会ではないが恒例となっているその大会には、未来たちの中学風華学園も参加している。長距離の女子の部では、風華の生徒が優勝していた。
 それはともかく――男子の部の結果が色々言われたのは知っている。もめた原因は、優勝候補の昂成校の生徒が途中で転んで、緑葉校に抜かれてしまったからだった。
「走ってる時に転ぶなんてのは初歩中の初歩のミスなんだ! そっちの力がなかったんだ!」
 とわめく男子生徒の制服は、その緑葉のもの。
 優勝したのは三年生のはずだから、たぶん陸上部の後輩かなんかだろう。
 対する慎也は――昂成の制服。
「今回はコースが直前で変更になったんだ。足場の悪いところに。こっちは変更になる前のコースに合わせて訓練してたんだからな――そっちが勝ったのはコースが変わった運だけだ!」
 慎也が吐き捨てる。
「てめぇ……っ!」
 空気が険悪になった。他の生徒たちが、肩をちぢこませた。彼らは昂成の生徒でも緑葉の生徒でもない。なぜ彼らが一緒にいるのかは不明だが――たしかなことは、彼らが一様に迷惑そうだということだ。
「スポーツがらみか。そりゃ厄介だね」
 呑気な葛西教師が呟く。
 腕組みをしたままの純は、不満そうな顔で慎也を見た。
「……負けたのをコースのせいにするのは、タチが悪い負け惜しみだぞ」
 瞬間、
 憎悪に燃えた少年の目が純をとらえた。
 純が、驚いたように反射的に身構えそうになる。
「慎也クン」
 未来は彼の意識を遮った。
 慎也が視線を未来に移す。そこにはもう純に向けたような物騒な色はない。
 その事実に内心苦笑しながら、穏やかな声で話を続けた。
「……知ってるよ。その時の昂成の生徒って、孝也たかやクンなんでしょ?」
 慎也は……ためらいがちにうなずいた。
 未来はうなずき返した。微笑みながら。
「だったら、そんな話したら駄目じゃない? もちろん相手にも失礼だけど……あの孝也クンなら、君がそんな風に言ってることを知ったら怒るに決まってる」
「兄貴は……」
 慎也は何かを言いかけて、口をつぐんだ。
 未来は微笑みのまま、最後に言った。
「謝りなさい、みんなに」
「………」
 だいぶ、間があった。
 けれど、誰もが内心、するはずがない――と思っていたその行動を、慎也はついにとったのだ。
「……ごめん」
 うつむいたまま。あまり誠意のこもった態度ではなかったけれど――
「あ、ああ……」
 とりあえず、ケンカ相手の毒気をぬくには十分だったようだ。
 怒りがおさまったら今度は身の置き所がなくなったのか、視線を泳がせる少年や他の生徒達に向かって、「ま、そんなわけだから」と未来は明るく言った。
「ごめんねー。でも、お願いだからこの話広めないでね。あ、それから君の先輩かな」
 と先輩思いの緑葉の男子に、
「私昂成の選手だった孝也クン知ってるけど、いくら転んだっていってもあの彼に勝ったんだもの。先輩、よほど速かったんだろうね」
 緑葉の生徒の顔に、ようやく少しの笑みが浮かんだ。


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