Without Wings
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〜5〜


 公園での小さな騒動もひと段落つき、生徒たちはおのおの家に帰っていく。
「……すみませんでした」
 一人、慎也だけは公園に残り、未来に向かって頭を下げていた。
 さきほどのケンカ相手への態度とはまるで違う。――あまりいい印象がもてず、純は「どういうことだ?」と生徒会長に話をふる。
 未来は深呼吸をしていた。
「――うう〜ん、緊張した!」
「……ほんとかよ……」
「あ、なにその反応? 私がいついかなる時も緊張しない俗に言う鉄板張りの心臓だとでも思ってたの? おあいにくさま、私は外見通りとってもデリケートで傷つきやすくてピンク色で乙女な」
「って自分で言う時点で絶対違うだいたい外見通りってお前」
「井波。思い切り遠伸のペースにはまってるぞ」
 葛西教師のつっこみで、ようやく純は気がついて、愕然となった。
「わ、私は……どうしていつもこうなんだ!」
 頭を抱える。未来が“よしよし”と肩を叩いてきた。ひどく母性に満ちた顔で。
「いいのよ。それでこそ純なんだから。これからもそうやって私たちに染まって大いにおもちゃ人生を突っ走ってちょうだい」
「お、おもちゃ……」
 ますます落ち込む純。
 そんな彼女は無視して、残りの人間だけで話は進められていく。
「それにしても慎也クン〜、孝也クンがまた復帰したなら前もって教えてくれてもいいじゃない! 驚いたなあ選手名簿見た時」
「すみません。兄貴が、結果出せるか分からないから知らせないでくれって」
「やぼよねえ。また走れるようになったってだけでもう感動だっていうのに、欲張りなんだから!」
「欲張りますよ。せっかく走れるようになったんだから」
「あはは〜そうかもね。でもホントすごいじゃないまだ一年経って、あ、先生覚えてる? 去年の秋にここの兄弟が」
「池上兄弟か。覚えてるよ、なかなか変わったタイプの《闇》だったからな――」
「《闇》?」
 その単語に、純は反応して顔を上げた。「《闇》の話だったのか? 去年の秋って、私はまだ」
「ああ、そうそう。純はいなかった。おかげで大変だったんだからねーもう」
 大仰にため息をつく未来。そんなことを言われても、純は半年前まで別の学校の生徒だったのだから仕方がない。
 未来は思い出すかのように目を閉じて、ぶつぶつと続けた。
「あの時は四人で力合わせないと浄化できなかったのよね《闇》が強すぎて。でも、きっと純なら一人でどうにかなったと思うんだけど、」
「あの」
 ふいに、慎也が口を挟んできた。純を不審げに見て、「この人もなんですか」と未来に尋ねている。
 純は顔をしかめた。その問い方からしても、なんとなく癇に障る少年だ。
「そうそう。純はあの時いなかった《地》属性なのよ。純がいれば孝也クンももっと早く《闇》から解放されてたかもしれないんだけど、まあ仕方ないわよね」
「いちいち私に悪く言うんじゃねえ!」
「冗談よ。で、純。彼は池上慎也クンって言って、彼のお兄さんの孝也クンの方が《闇》に憑かれてたのね。まあそういう縁」
 孝也――さっきのケンカの原因になっていた長距離レースで、優勝を目の前にしながら転んでそれを逃したという選手か。
 マラソンで転ぶなど、あの緑葉の生徒の言う通り初歩中の初歩のミスのはずだが。さっきから未来たちの会話を聞くに、どうも事情が深いようだ。
 慎也は相変わらず純を不審げに見ながら、
「《地》……?」
 と呟いた。
「ホンモノよ。ほら」
 未来は純の左手をつかんで、その薬指にある黒水晶の輝きを慎也に示した。
「ちゃんと、指輪はめてるでしょう?」
「………」
「放せっ」
 純は未来の手を振り払った。何となく、自分と指の《地》の指輪を見る慎也の目が落ち着かなくて。
(何なんだこいつ……)
 ケンカの仲裁の最中、この少年から受けたあの憎悪の視線が引っかかる。
 あの反応は、尋常じゃなかった。――察するに、この少年はその“兄貴”に対してとても敏感らしい。
(……兄貴に対してそうなるのはともかく……こいつ、さっきから遠伸に妙に従順じゃねえか……?)
 それが不思議だった。“兄を助けた”のは、メイツメンバー全員のはずだ。少なくとも、未来が一人きりで行ったはずはない。なぜなら、彼女の《火》属性には、《闇》を浄化する力はないに等しいのだから。
 まさか、他の三人にも従順だったりするのだろうか。それにしても極端に態度が変わる少年である。
 ……まあこういう人間は珍しくはないだろうが。
「ところでみんな。もうこんな時間なんだけどな」
 わざとらしく腕時計を見て、葛西が言い出す。
 たしかに。――学校を出てから、なんだかんだでもう一時間経っていた。この時間でも完全に暗くなるような季節ではないが、夕食の時間にはかかっているだろう。
「先生。どうせならあんたが遠伸を送っていけばいいじゃねぇか教師の義務で」
「やーだ純、一度引き受けた依頼を放棄するの? プロとして恥だと思わないわけ?」
「誰がいつ何のプロになったんだ第一お前、一応・・男で一応・・大人な先生と一緒の方が安全に決まってるだろーが」
「先生が私を襲うかもしれないじゃないの」
「絶対ありえねーだろそれ」
「それに先生じゃ、歴戦の暴漢たちを威圧することなんか、できないわよ」
 言われて――
 純はまじまじと青年教師を見つめた。だらしない長髪やら着こなしやら。頭は悪くないはずなのに見た感じ全っ然頼りにならなそうな雰囲気やら。そんなものを改めて認識して、ひとつうなずく。
「たしかに」
「なんか二人とも、さっきから失礼なことを言ってないかぁ」
「じゃあセンセ、否定してみてv」
 ハートマークなんぞを飛ばしながら酷なことを言う未来に、青年教師はあっさりと「まいった」と降伏した。
「勝てないな君らには」
「反論できないあんたもあんただと思うんだが」
「じゃあ井波。我が中等部の生徒会長殿をくれぐれも頼むぞ」
「よろしくねー純v」
「……。あア!?」
 はめられた。
 悟った時にはすでに遅し。未来はしっかりと純の腕に抱きついたまま慎也に向かって「じゃあねー慎也クン!」とか言ってるし、葛西は「んじゃ」とか軽く一言言っただけで本当に帰ってしまった。
 教師があんなんでいいのか!?
 ――そう思ってみたが、まあ……たしかに自分がボディガードをやった方が安全だということを自覚している悲しい純である。
「あ……。それじゃ、先輩」
 慎也が笑顔まで浮かべて自分らを見送ろうとしている。
 見送る……
「………」
 純はちらっと少年の様子を一瞥してから、
「じゃあな」
 背中を向け、少年に手だけをあげて見せた。


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