一瞬の間の後、はじけるようにウルグは笑い出した。
あははは、と腹を抱えて十歳ほどの子供は笑い続けた。のぞいた犬歯が、妙に目立った。
笑いながら、子供は言った。
「バカだね、バカだ、バカだよにーちゃん!」
「連発されるいわれはねえな」
「あんなヤツが死んだからってどうだっていうんだよ? おれには何の関係もないし! にーちゃんの足止めもまあ、あんまり期待してなかったしさ。こうやってにーちゃんはおれのとこ来ちまったけど、でも」
とバカ笑いをやめ、にたりといやな笑みへと変える。
「――もう、遅いよ」
「シャラを」
どこへやった。オレは静かに訊いた。
ウルグはぽんぽんとその腹を叩いた。
「いまごろは、おれのペットの腹の中」
「………」
「ほんとツいてるよなー。ここんとこあんまり人間がつかまらなくて、そろそろおれのペットも空腹が限界に来てたんだけど。そこにのこのことあんなに美味しそうなコが来るなんて」
あんたたち、幻魔狩りって本当――? ウルグはおかしそうな笑みを絶やさないまま続けた。
「シャラ本人が言ってたけどさ! それにしちゃマヌケじゃん? “従”に言われるまでおれのことに気づかなかったなんて! シャラは無防備にオレとしゃべるし、あんたは平気であのコとおれを二人っきりに」
「念のため、癪に障るから言っておくが」
オレはこめかみを押さえて顔をしかめながら、ウルグのしゃべりを遮った。
「“従”は何も言わなかったぞ?」
ガキのしゃべりと笑いがぴたりと止まる。
オレは重ねて言った。
「何も言わなかったからな。自分が“従”だと自分から言ったわけでもねえし、まして自分から自分の主人をバラしたりなんかしてねえよ」
それじゃ、と子供がひくりと頬を引きつらせる。
「なんで……分かって……」
「分かってたさ。オレたちがさがしていたのはてめえだってことは。ま、たぶんシャラもだろうよ。あれもあれで一応、一流の幻魔狩りなんでね。その証拠に」
視線を、奥の扉にやって。
「――その奥。まだあの小娘の気配が残ってんじゃねえか。そこに居るな(――いまごろてめーのペットの腹の中じゃなかったのか?」
――シャラの気配を、オレが読み違えるはずはない。シャラの気配があるからこそ、オレはここに来た。あの銀髪の小娘が――そう簡単にやられるわけねえんだから。
オレが一番よく知ってんだよ、そんなこたァな。
だからこそ……シャラとこのくそガキを二人っきりにしたんだ。あの小娘は幻魔に好かれる。極上の餌として。それを逆手に取るために――
囮? まあそうだな。言っとくがこれは、オレらの間ではよく使う手で、シャラも重々承知してんだ。別にオレがひどいわけじゃないぞ。誓って言わせてくれ、オレも勝手に女子供を囮にするほど堕ちちゃいない。……多分。
「――答えになってない!」
ウルグは声を張り上げた。「どうして分かったんだ、おれだなんて――!」
オレは右手を軽く持ち上げて、それに目をやった。フィンガーレスの手袋に包まれた利き手。
この手を、オレたちの前に現れたばかりのウルグは手にとって――
「目がよすぎんだよ、ガキのくせに」
子供は言った。“まだまだ修業の足りない手”。
「よく分かったな? オレが剣士としては修業不足だなんていう、本当のことが(」
ウルグは目を見開いた。自分の何気ない一言がこれ以上ない失言だったなどと、思ってもいないことだったらしい。
普通の人間だったら、手を見ただけで――それもフィンガーレス手袋つき、つまり指を見ただけで、剣士の手かどうかを正確に言い当てることなどできるわけがない。それこそ――たくさんの剣士の手を見てきた者でもない限り。
こんな土地で見ることのできる“剣士”なんざたったひとつの職業だけだ。すなわち、
幻魔狩りのみ。
「――この土地に狩りにきた幻魔狩りが何人か行方不明になってやがる。やつらが姿を消す理由は限られてる。ま、それぞれの事情はあるだろうが、一番の原因は―返り討ちだろうな」
「ラ、ランスフォードの……が……」
「まだ言うか。言うに事欠いてランスフォードだァ? ふざけんなよ。そんなのに出会ってたら、てめえは今もここにいるわけがねえ」
「ヴェルハーヴがマヌケだったんだよ! あいつだっておれに気づかなかった!」
ひく、とオレは引きつった。
ヴェルハーヴ・ランスフォード。ランスフォード家の三男。かの家でももっとも巷(に名が知られている存在。名――だけが。
つまり誰でも名を知っていて、誰も……本物を知らない。勝手に話を作るにはもってこいなわけだ。だが。
オレには、それは通用しない。
「……バカが」
呟く。と同時。
ふいに稲妻が落ちるような音がして、奥の壁が突然崩れ去った。
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