旅の合間のある日常―14 -
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 シャラの震える指先が、オレの体をたしかめるように触ろうとする。
 しかしその背後に――シャラの体から弾き出したモノの姿を見て、オレはシャラの手を振り払った。
 シャラが脱力したように床にへたりこみ、両手をついてうつむく。オレは立ち上がるなりシャラの背中側へ――モノ、すなわち幻魔の本体と向かい合うように移動した。
 それ・・は、最初は薄雲のようなつかみどころのないモノ。
「てめぇの欲しいモンならここにある――」
 オレはシャラに傷つけられた脇腹に手をあて、そしてその血を幻魔の本体に向かって散らせた。
「――いくらでもくれてやらぁ!」
 ほんの一滴。紅いしずくが触れたその場所が、しゅうしゅうと音を立てて煙のようなものを出す。
 幻魔は“幻”。
 血は、生きているものの“たしかな証”。
 人や生き物の血を浴びれば、幻は現実のものへと変化する。実体化するわけだ。
 幻はいつだって、それが現実になることを求める。
 ゆえに、幻魔は生き物を喰らう。その血を求めて。
 本体が実体化した。薄雲のようなそれが形を取っていく。――絵に描いたような、人間の大人と同じサイズの、オオカミ型獣。
 喜びの咆哮をあげた獣は――やがて、何かに気づいてそのうなり声をとめた。
 ――動けない。
 オレの血を浴びて、動けるはずがない。それはほんのわずかな時間の束縛だが――
 オレは獣の動きをつぶさにとらえながら素早く移動して、破壊されたベッドの傍らへ駆け寄った。そして破片に埋もれていた白いシーツをわしづかみ、放り投げた。
 しゃがみこんだままのシャラのほうへ。
 シャラの全裸の白い体は、輪郭がぼんやりと発光し始めている。
 その体を覆うように、シーツがふわりとかぶさった。シャラの細い指先が、そのシーツをぎゅっとにぎりしめた。
 イグニス・リーベルタース・シャレリラ。それが、銀髪紫眼の女の本名フルネーム
 故郷では『銀紫ぎんしの巫女』と呼ばれるその女は、実年齢は二十五歳――オレより歳上だ。だが、わけあって本来の姿を封じられ、ふだんは十歳ほどの子供の姿をとっている。
 銀紫の巫女が本来の姿に戻るその条件は、ひとつきり。
 ――幻魔の本体を、吸収すること。
 それが巫女の役割。その身に幻魔を宿らせることで幻魔を封じ込め、その上で滅する。まさに命がけの幻魔退治法。
 ――一歩間違えば、先ほどのシャラのように、逆に体をのっとられる危険のある――
 幻魔の本体は、まだ少しの間、動けずにいるはずだ。
 ちらりとシャラの様子をたしかめる。
 シーツ越しでさえ、その体が十歳のガキに戻るための発光を続けているのが分かる。しゃがみこんだまま、立ち上がる気配さえない。
 幻魔を吸収し、そして放出したその負担は大きすぎることぐらいオレは知っている。知っているが――
「シャラ! 何をしてる……!」
 オレは女を怒鳴りつけた。「そんなところでいつまでもぼうっとしてんな! 戦えねえなら、避難してろ……!」
 負けん気で偉そうで――いつでも諦めることを知らない。
 オレの知っている小娘は、そんなヤツだ。
 あのていどのことで――動くのをやめてしまうはずが、ないんだ。
 シャラに反応がないことに舌打ちして、オレは部屋の隅のウルグを一瞥いちべつし、そっちはまだ――放心状態だが――安全圏にいることをたしかめてから、シャラに駆け寄った。
 体を包むシーツごと体を抱きかかえ、廊下へと強引に女を連れ出す。
 そして顔のあたりのシーツをめくり、うつむいていたその顔を、無理やり上向けさせた。
 女の顔の輪郭も、ぼんやりと輝き始めている。ますます神々しい美しさを持ち始めた女は、しかし泣き続けていた。

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