「さっきから……どうしてその幻魔獣は動かないのですか?」
部屋の中央。
幻の獣は、何かに引きつったかのように動きをとめ、凶悪なうなり声をあげ続けながらも……動かない。
オレは、何気なく空中に放るようにかざしていた右手、その指先を――くいと曲げた。
刹那、幻獣の尾が切り飛ばされた。獣が宿を震わすほどに哮り立つ。
マファがその様を凝視し――そして何かに気づいて瞠目(した。
部屋中に張り巡らされた、
よくよく目をこらさなければ見ないほど極細の――糸。
肉眼では見えないだろうが、それは紅い糸。くもの巣のように隙なく巡らされ。そしてすべての糸はオレの―指先に収束している。
オレの、血濡れの指に。
ウルグには見えないらしい。泣き濡れた顔が怯えたように、『何かに切り飛ばされた』獣の、なくなった尾を見つめる。
「言ったろ……オレは、剣士じゃねえってな」
「弦舞(……?」
マファが呆然とつぶやく。
オレは片眉をあげてみせてから、シャラ、と静かに相棒を呼ぶ。
それ以上何も言わずとも、銀髪の小娘はすべてを了承し、自分がはおっていたシーツをウルグとマファのふたりにかけた。ふたりの視界を遮るように。
――これから起こる出来事は、あまり人に見せたい光景ではない。
オレはようやく、完全に獣に向き直った。
最後の抵抗。獣の体から、紫の霧が噴き出すが――
それらはすべて、張り巡らされた血の糸にからみとられて消え去った。
「シャラのせいですっかり調子狂っちまったが――」
なぜわらわのせいになるのじゃ! とシャラが抗議してくるが、無視。
あとは自分の指先をわずかに動かせば――
張り巡らされた血糸は、意のままに。
紫の煙が散る。
消え行く幻。
――静かに、オレは囁いた。
「忘れるな。幻は……“生きている証の赤”には、決して勝てないってことをな」
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