カウンタでは、相変わらずにこにことしたカウンタ嬢が待っていた。オレたちの姿を見るなり、
「ありがとうございます。幻魔を倒して下さったのですね」
これでお客様が戻ってきます――と嬉しそうに手を握り合わせる女の笑顔を、オレは冷めた目で見た。
「あんた知ってたのか? ウルグのこと」
「いえ……それはもちろん、とても残念ですけれど」
顔を曇らせるカウンタ嬢を眺めながら、オレはぶつぶつと、心底嫌な気分でぼやいた。
「いっちばん最悪だよなあ……まあ、この宿の損害賠償を払わされない理由になるだけいいかもしれねえが」
「これ以上下手な出費をすると、長男殿にまた仕置きされてしまうからの」
「言っとくが大半はお前のせいでの出費だからな、シャラ」
だというのに、なぜか長兄に仕置きされるのはいつもオレなんだ、とぶつぶつと言っていると、
「あのう……損害なんて、そんな。この宿を―いえ、この町を救ってくださった方々から頂くはずがないじゃありませんか」
「そりゃあそうだろうな」
オレは、
さきほどマファから強引にもらってきた針で、もう一度指先から血の玉を浮かばせ、
ふっ、とそれを空中に散らせた。
「――この宿自体が、もう終わりだ」
広がる血糸。カウンタ内を―カウンタ嬢を閉じ込めるように、赤く細い凶器が張り巡らされていく。
弦舞。
――自らの血を糸に変え、指先だけの動きで意のままに操りすべてを切り裂く――
なあ、とオレは皮肉な笑いをカウンタ嬢に向けた。
「あんたさ。今、どうしてウルグが『残念なことになった』って知ってた?」
「―――」
女の視線に凶暴な色が走る。計算が合わなかったんだよな、とオレはぼやくように言った。
「ウルグのペットは腹をすかしてるとか言ってやがったし。でも、ここんとこここらには、幻魔狩りはしょっちゅう来てたはずなんだよなあ」
わらわも久しぶりに見たぞ、とシャラが感慨深げにカウンタ嬢をしげしげと見た。
「人間の姿をとるほどに人間を喰った……最悪の幻魔か」
女がかっと開いた口に、鋭すぎる歯がのぞいた。血の呪縛を噛み切ろうとでもしたのかもしれない。しかし、一瞬でも触れれば――逆効果だ。
「面倒くさい宿屋だったぜ……」
オレは最後につぶやいて、「じゃあな」
指先を、すいと躍らせた。
「しかし、おかげで休む場所がねえぞ」
宿屋を出てから、オレはうんざりした気分で言う。
「今日も野宿か? こんな土地まで来て」
「何を情けないことを言っておる……! 幻魔狩りたるもの、幻魔のいるところ地の果て空の果て!」
「……一応、空の果てには行ったことねえけどな」
「まして伝説の最強幻魔狩り、ベルハーブ・ランスフォードならば、たとえ火の中水の中……!」
「オレを殺したいのか。つーかヴェルハーヴだっつーの」
「うるさい。おぬしだってわらわの名前を正しく発音できぬだろうが」
――出身地の発音の違いのせいで、シャラはオレのフルネームを正しく発音できない。そのため、小娘はランスフォードから『ラン』と安直な呼び方をする。
ちなみにシャラエリラのほうは、正しく発音すれば……シャルェリラだかなんだか……とにかく、オレには言えやしねえ。だから言いやすく呼んでるんだ。
お互いそれで、今までやってきた。
エネルギーの尽きることのないシャラは嬉々として、ぼろぼろの地図を取り出している。
オレはその地図をのぞきこみ、南にある鉱山に目をとめた。
アマドナ鉱……
「……採掘にでも行ってみるか」
ぽつりとつぶやくと、シャラがぱあと顔を輝かせた。
「ラン! 婚約指環に使う石にしようではないか……!」
「発想が飛躍しすぎなんだよ……!」
不毛すぎるやりとり。
けれど、これがオレたち二人の日常。
乾いた土地に、乾いた風が吹く。
オレたちはいつもどおり歩き出した。二人きり、向かい風に向かって――
[FIN]
|