「あなたは――」
オレの首筋に鋭い何かを――おそらく針状の何かをつきつけながら、女が低く言葉を紡ぐ。
「何者、ですか」
声が近い。ぎりぎりまでこちらの背中に近づいた体勢でいるらしい。オレは少し身じろぎする。とたんに鋭い声がした。
「少しでも動けば首に食い込みます」
「つかもう刺さってるだろ。ちょっと痛いぞ」
ちくちくといやーな感じの感触が、ちょうど首の後ろの急所の辺りでしていた。
彼女は慎重にオレの動きをはかりながら、片手で器用にオレの腰から剣をはずした。
――このためだ、ドアをオレに開けさせたのは。
利き手をドアに使わせることで、剣を抜かせないために。
「マナーがなってないな。客に向かって刃向けるなんざ」
相変わらずのんきに言ってやると、背後で怒気が膨れ上がった。
無口で無表情な女は――その内に激情をひそめていたらしかった。あくまでも平静を装いながら問いを繰り返す――
「あなたたちは、何者、ですか」
「物騒なウエイトレス兼案内嬢に脅迫されてるかわいそうな旅人」
「真面目に答えなさい……!」
「――勉強不足だよ、お前」
唇の端を吊り上げて。
オレは背後の気配に、淡々と言葉を向ける。
「まずひとつ。せっかく急所とってんだからな、敵だと判断したならさっさと殺しとけ。何が起こるか分からないだろう?」
「―――」
首の後ろ、さらになんとも言いがたい感触を覚えた。――針を軽く押し込まれたらしい。せっかくとらえていた急所をわざわざ少しはずした場所を、挑発するように。あるいはただの怒りか?
オレはすっと目を細めて、自分の体に神経を集める。
女の激情が傷つけた場所。急所のはずれたその場所には、血管が通っている。
そこから血がにじみだすのを感じ取ることは、オレには容易なことで――
「シャラのほうにしか目をつけなかったのも、まあ減点だな。気持ちは分からんでもねーけど。あれは、美味しそうだったろう?」
「……あの、娘は、」
言葉につまる気配。それを感じて、オレはすべてを了承した。すべてオレの予想通りの状況であることを。
「――お前は、“従(”か」
「………」
「お前のご主人様は、さて誰なのかね?」
背後の気配が動いた。
急激に膨れ上がった殺気――
だが、オレのほうが早かった。体を前に傾け針先から逃れ、針を突く動作を空振りさせた女に後ろ足で蹴りを入れる。ただそれだけで、女の体勢は崩れかけた。しかしそれほどやわでもなかったらしい、振り向いてオレが女に向き合ったときには体を持ち直し、さらにひとつその手に武器を増やしていた――いつの間に抜いたのか、それはオレの剣だった。
女は剣を薙(いだ。決して慣れた動作ではなかったが、この近距離では危険な剣筋だった。オレは部屋の中へと飛びのく。それは女の計算通りだったはずだ。
最初にドアを開けたときに、オレもしっかり気づいていた。――この部屋には窓がない。つまり、もう逃げ道がない――
だが。
女は、計算通りにオレを部屋に追い込むことに成功していながら、まったく喜ぶでもなく呆然とオレを見つめていた。
左腕から、軽く血を流したオレを。
「なぜ――」
オレの剣を握りしめる、その手がわなわなと震えていた。
「――なぜ、わざと(……っ!」
オレはその言葉を無視した。服が裂かれのぞいた肌に血がにじむ左腕。
右手で、首の後ろに軽く触れた。その手を視界に戻すと、さっき女が傷つけてくれた血が指先についていた。
その赤い色を確かめて。
「……ま、こんなもんかな」
そして女に視線をやり――
軽くにっと笑いかけて、最後に口を開く――
「……一番知っておけよ。世の中にゃ、うかつに武器を向けちゃあ危険、なおかつ血を流させたらもっと危ない連中もいるってことをな――」
―――――
ごとん、と鈍い音を立ててオレの剣が木の床に落ちる。
「あーあ……ほんと、のんびり寝たいっての」
叶うはずもない望みだ。分かってる。オレは苦笑して、自分の剣とその鞘を手に取り直す。
そして、走り出した。――銀髪の小娘のいる部屋を、目指して。
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