「セイラ、入るぞ〜」 こんこんとノックしてから一声かけ、レッカは少しだけそのドアを開けた。 そして自分が入る前に、自分の後ろにいたリンに、 「先入って。いきなり男が入って、あいつに枕投げられたりするのごめんだから」 なんとなく、セイラはそんなことをしそうなイメージがあった。 「う、うん……」 リンはうなずいて、言われた通りに一人で中に入っていく。 「セイラちゃん? 起きて――」 言いかけて、リンは立ち止まった。 「………」 「どうしたんだ?」 「えっと……」 「?」 言葉に困っているらしい。仕方なく、レッカは自らの目で確かめるべく部屋に踏み入った。 そして――硬直。 「………」 柔らかいくせっ毛の少女は、まだ寝ていた。 床で。 「………」 ベッドから落ちた際に巻きぞえになったか、シーツも床に広がっている。 すぴー、すぴー。 枕だけしっかり抱きかかえた少女の寝顔は、とても心地よさそうだった。 「………」 レッカは何かをかみしめるように、ゆっくり目を閉じた。 そして、隣に立つ少女を呼んだ。 「リン」 「な、なに?」 「だから言ったろ」 真顔で、レッカはリンに言った。 「こいつは、床に落ちても平気で寝てるって」 ――結局、二人は“このまま寝かせておこう”という意見で一致し、その部屋のドアを静かに閉めたのだった。 優しいリンは、とりあえず床で眠りこける少女にタオルケットをかけることを忘れなかったが。 |
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働くことは、きらいじゃなかった。 母親がいないこともあり、物心ついたころから家のことを自分でしてきたレッカである。 とは言え――さすがの彼も、“仕入れ物”を取りに行く仕事は初めてだった。 「――心配ないよ。ただ取りに行くだけだし」 早朝の港町を歩く道すがら、隣で歩くルカが柔らかい声で言ってくる。 「ぼくは昨日の夕飯の前にも同じことをやったし、取りに行くのも同じ市場だしね」 彼はレッカより2つほど年上だったが、どうにも“目上”という感じがしなかった。 頼りないというのではない。 単純に、そういうタイプなのだろう。人に警戒心を抱かせないような―― 「早く帰ってこなきゃね。リンが心配だし」 ルカをはさんで向こう側を歩いていたバーラが、視線を空に向けながらそんなことを言う。レッカは頭の後ろで手を組んで軽く返した。 「大丈夫だろ。リンは、けっきょくしっかりしてるんだろーし」 「そうだね。あの子はちゃんとできるよ」 と、根拠も何もないセリフでルカが同意した。 「でもさー」 「なんだよ?」 「この街ってさ、ほら、港町だから。気性の荒い人多いんだよねー。気迫で負けないといいなあ」 「………」 港町だから、という言葉が微妙だったが、分かるような気がしてしまってレッカは反論できなかった。 《魔法世界》の港町は、朝から活気にあふれていた。 レッカたちの住む現代日本ではあまり見られないような広い道を、軽快な足取りで人々が行き交う。忙しそうだった。だが、そのきびきびとした動きに生活感が満ちていた。時間に追われて動きが早くなった現代人とは、決定的に違うのだ。 懐かしい雰囲気…… (……なんで、懐かしいなんて思うんだ?) 自然に心に浮かんだ言葉を、自分で不思議に思って、レッカは苦笑した。 「どうしたの、レッカ?」 「……ん。なんでも」 ――視線の先に、“市場”らしきものが見えてくる。 早い話が露店が立ち並ぶ道だ。 「じゃあ、手分けしよう。ぼくが野菜を集めてくる。他には果物と小麦があるんだけど――」 「あ、じゃあおいらが果物!」 バーラが嬉しそうに手を挙げた。 ルカがおもむろに精霊のほうを向き、 「勝手に食べたら10倍返しだからね?」 にっこり。 「………」 ひゅう、と一瞬だけ――冷たい風が吹きぬけた気がした。 レッカは寒気がした。にこにこにこと牧歌的な笑顔を浮かべるルカを見つめて、 (――バーラより、いい性格してるのかもしれない……) こいつだけは、敵に回さないよう気をつけよう――と、心に誓ったのだった。 |