「じゃあお穣ちゃん、お願いするよ」 と言って宿屋の従業員に渡されたものは、 「………」 生ゴミだった。 「えっと……これを捨ててくればいいんですか?」 リンはあくまで控えめに、その年配の太っちょな女の人を見上げた。 「そうそう。この店の裏手にゴミ捨て場があるから」 「はあ……」 彼女は先ほどまで、食器洗いを手伝っていた。 一通りそれも終わり、今度はてっきりベッドメイクかこの先の料理を手伝わされるものだと思っていたが。 (……こんな仕事だけでいいのかなあ) 生ゴミを抱えて、リンは宿屋の外に出た。 ――彼女らは今、要するに4人分の宿賃のために働いているのだ。ルカの分も計算に入れるとするなら5人分。 子供の集団ということで、優しくしてもらっているのかもしれない…… ――《魔法世界》の朝はすがすがしい。 ほどよいそよ風に、かすかに混じる潮の香り。自然が身近にあることを思い出させるさわやかさ。 ……手元に生ゴミの匂いさえしていなければ、とてもいい気分なのだけれど。 「ええと……宿屋の裏手……」 呟きながら、建物の角を曲がる。 そして――ふと立ち止まった。 「………?」 目指す場所は、すぐに分かった。視線の先にゴミの山がある。たぶんここからまた別のところへ運ぶのだろう、近くにリヤカーらしきものも置かれている。 だが、そんなことはどうでも良かった。 「………」 がさごそ、がさごそ。 そのゴミの山に両手をつっこんでかきだしている中年の男がひとり。 がさごそがさ…… 「………」 まったくリンに気づかない。 (どっ、どうすればいいのかな……?) 男のまわりにだけゴミが散乱していく。男自身もゴミで汚れていた。それでもあくまで、一心不乱に。 ごそごそ、がさがさ。 あまりに怪しい姿だったが、その一生懸命さが、逆に“邪魔してはいけない!”雰囲気を作り出していた。 そして……リンはそういう雰囲気に、決して逆らえない人間だった。 (……ゴミ捨てるの、後回しにさせてもらおう……) そう思い、くるりと反転する。 と、 ふと、足元に何かを見つけた。 「………?」 リンはかがんで、その紙切れを拾い上げた。 現代で言う写真ほどの大きさの紙に、なんだか落書きのような絵が――描かれている。 いや、これは…… 「……子供が描いた絵、かな?」 雰囲気に覚えがある。つまり幼稚園児が描くような、とてもごちゃごちゃしているようでありながら、またとてもいきいきとしている絵――だ。 どうやら……男の人を、描いているらしい。 そのモデルの人物が大人か子供かは、なにぶんお子様絵なので判断できなかったが。 (……この世界の子供も……こんな絵、描くんだ……) 絵を眺めて、リンは何となく、ふふと笑った。 でも。これは誰の持ち物だろう? 考えながら立ち上がる。と―― どんっと何かにぶつかった。 「いたっ――あ、ご、ごめんなさい!」 ぶつかった相手は人間だった。 太っちょな――宿屋の女性だ。両手にこれまた生ゴミを抱えている。どうやらリンに任せた分だけではなかったらしい。 丸顔の中のくりくりとした瞳が、リンを通りこした向こうをじっと見つめている。 「?」 その視線の先を追って、リンは振り向いた。 その先に、見つかったことを知って硬直しているゴミあさりの男―― 「ちょっとアンタ、何してんだいっ!」 ボリューム満点の怒声が飛んだ。 男が、とっさに逃げようと背中を向けた。 しかし宿屋のおばさんは強かった。全身の力をこめて、こともあろうに手にしていた生ゴミの袋を――男の背中に投げつけた。 どすんっ かたまりをぶつけられ、たまらず男が地面に転倒する。ついでに衝撃でゴミ袋の口が開き、彼はさらにゴミをかぶるはめになった。 「なんてことしてんだい!衛生に悪いだろう!」 宿屋のおばさんはそんなことをまくしたてるが…… (……おばさんだって、充分……) 途中まで思って呑み込むリン。 おばさんはどすどす歩いて行き、「立ちな!」と男の腕を取る。 それがあまりに迫力あるさまだったためか、男は地面に手足をついたまま、おびえた様子でその手を振り払った。 「男のくせに往生際が悪いね!さっさと立ちな――」 「お、おばさん、あの、もうちょっと優しく――」 思わずリンは止めようとかけよった。宿屋のおばさんとゴミかぶり男は、そろって少女を見つめた。 「なんだいお嬢ちゃん。こういう男はね、しっかりしつけし直してやんないといけないんだよ」 「でも、もう逃げそうにないし……ま、まず理由聞いてみてからでも、」 リンは一生懸命弁護した。自分でもなぜこんなに一生懸命なのかは、さっぱり分からなかったが。 「お嬢ちゃん……」 ゴミかぶり男――くり返すが、いい歳した男性である――が、初めてぼんやりとリンを見上げた。そして、 その瞳がみるみると大きくなった。 リンが手に、持ったままだったものを見て。 |