「その紙――!」 とつぜん、男が猛然とリンに襲いかかってきた。 いや、実際にはすごい勢いで立ち上がりリンの手首をつかんだだけだったのだが、 「きゃっ!」 ……しつこいようだが、怪しいゴミかぶり男である。 そしてリンは、か弱い少女である。 こんな状況では、傍から見て"襲いかかっている"と思われても、不思議はなかった。 リンは反射的に逃げようとしていた。 「何すんだいあんた!」 おばさんが憤慨して、リンを男からかばおうとする。 その場が騒然となった。 「その紙!その絵を返してくれっ……!」 男は必死の形相でわめいていた。 あと少し――このままであったなら、基本的に頭のよいリンが男の言葉を気にとめて、騒ぎはおさまっていたかもしれない。 けれども、騒ぎというのは常に、他の人間を巻き込むものであって―― 丁度そのころ、宿屋の2階のある一室で、一人の少女が目覚めようとしていた。 きっかけはたった一つ。 ごっちん ――と、ベッドの足の、それも角に頭をぶつけたのだ。 「―――った〜〜〜〜〜!!」 セイラは跳ね起きた。痛い痛いとわめきながら額をおさえる。 「もう〜何すんねん!嫁入り前のオトメの肌に傷でも残ったらどないしてくれるん!」 いったい誰に文句を言っているのやら、ひとしきりわめいてから、はたと我に返る。 「――ん。どこやここ」 とりあえず、ぐるりと視線が部屋中ひとめぐり。たっぷり数十秒考えてから、ようやく思い出す。 「あ、そか。ここたしかイセカイやったな〜」 意味もなくその柔らかいくせっ毛を片手でと乱しながらぼんやりと呟く。なぜか自分が床にいることには、いまさら驚きも疑問に感じもしなかったが。 ベッドを見ると、両方とも空だった。リンはもう起きているらしい。 セイラに遠慮したのかカーテンは引かれたままだったが、薄いカーテンは外の日差しを柔らかく部屋まで通している。 セイラは大あくびをしながら、立ち上がりカーテンを開けに行った。 しゃあっ 勢いよく両手で開く。 まぶしい日差しに思わず目を細めた。 「――いい天気やな〜」 上機嫌で、セイラは窓も開けた。 爽やかな潮風が吹き込んだ。 と同時に、訳の分からない怒声が飛び込んできた。 「いい加減お放しよ、この変態っ!」 「……なんやあれ?」 寝ぼけた気分のまま、下を見下ろす。 そこに三人の人間がいた。まず今の声の主らしき太っちょなオバサン――自分ちの近所にもあんなんおったわ、などと思いつつ――、そのオバサンともみあっているのは……中年の男性だろうか?そしてその男が腕をつかんでいるのは―― 目をしばたいてその様子をしばらく見ていたセイラは、 「――っ、あ〜〜〜〜〜〜!!」 とつぜん目が覚めて大声を上げた。 「リンに何するんや、この変態っっっ!!!」 「――なんだ?」 レッカはふと顔を上げた。 「どーしたの?」 横で果物がつまったかごを抱えたバーラが不思議そうにレッカを見る。 「いや……なんか今、セイラの声しなかったか?」 「セイラの?」 「そう」 ――まだ出会って間もない少女の声ではあるが、何しろセイラは関西弁である。特徴がありすぎて聞き間違えそうにない。 「ぼくも何か聞こえたな」 と、こちらは野菜の入ったかごを持ったルカ。あっちのほうから、と彼が視線を向けた先は、他ならぬ宿屋――彼らが今帰ろうとしている場所だった。 「何かあったのかな?」 とバーラ。 「とにかく、急いで帰ろう」 というルカの言葉に異存はなく、三人は歩みを速めた。――走れないのは、皆それぞれ荷物を抱えているからである。 (……ぜったい、俺が一番重いっ!) 小麦の袋を抱えたレッカはひそかに胸中で文句をつけていたりもするが。 宿屋に近づくにつれ、セイラの声が近くなってきた。 何かをまくしたてている。詳しくは聞こえなかったが、 ――リン、という名前だけは、聞き取れた。 (リンに何か……!?) さっと緊張し、荷物を置いてくるのももどかしく彼らは少女の声をたどって、宿屋の建物の角を曲がった。 そして見たものは―― |