「リンを放しぃ!」 セイラは2階の窓枠に、ついに足をかけてたんかを切った。 「かよわいオンナノコに手ぇ出そうなんてな、オトコの風上にもおけんのや!リンを傷つけたら許さんで!!」 幼いながら、みごとな迫力だった。 恐れをなしたか、男がひいっと一歩引く。――が、あくまでリンから手を離そうとしない。 セイラという味方を得てますます力づいた宿屋のおばさんが、 「この手を離しな!」 と男の手をリンから引き離した。 その拍子に、リンがよろけた。 「おっと……危ないねえ」 おばさんは片手で男の手首をつかんだまま、もう片腕で器用にリンを支えた。なかなかの身のこなしである。 「オバチャンかっこええわ〜」 セイラは手を叩いて喜んだ。 「ありがとよ。嬢ちゃんも小さいのに、なかなかの迫力じゃないか」 「や〜それほどでも」 「ご、ごめんなさい」 とリンは慌てて自分で立とうとしたが、どうやら男につかまれていた時に体に力が入りすぎていたのか――気が抜けて、体勢を整えられない。 仕方なくおばさんにしがみついたまま、リンはふと目を上げた。 「リン……!」 彼女を呼びながら、向こうから市場へ行っていた少年たちが荷物を抱えたままかけてくるのが見えた。 「あ……みんな、」 「あ〜〜〜!レッカ、ルカ、バーラッ!」 2階のセイラも同じタイミングで気づいたらしかった。 「何つったってるんや!そこの変態からはよリンを助けぇ!」 たきつけられて―― とりあえず、少年たちは異常事態だけは……認めたらしかった。 そして、 「――リンを……っ放せよ!!」 ……意外と……正義感が強かったらしい。 何より先にレッカが、手にしていた小麦の袋を力任せに投げつけてきた。 セイラに怒鳴られた、その瞬間にレッカの頭に浮かんでいたのは、何よりもまずリンの身の安全だった。 自分はそんなに熱血正義感ではないが――むしろマイペースという自覚がある――、目の前で仲間が捕らわれているのに動かずにいられるわけがない。 だから、考えるよりまず袋を投げつけたのだ。 ――リンを、 ばしゃあっ! 小麦のつまった皮袋は、その人物に当たると同時に弾けた。 小麦が散乱する。袋が当たった衝撃で、その人物は倒れ――なかった。 ただ、立ったまま小麦にまみれていく。 ついでに、すぐそばにいたリンも小麦をかぶってしまったが。 よし、当たったとレッカは思った。 だが、その場の空気が凍りついているのに気づき……彼は硬直した。 レッカが狙った人物は、ゆっくりと振り向いた。 「何すんだい……ぼうや……」 暗い笑みを浮かべた、太っちょなおばさん。 「あ、あの、ごめんなさいっ……!」 こちらも小麦まみれのリンが、慌てて謝っている。 「あーもう、ノーコンレッカ!」 2階でセイラがしかめ面でわめいていて―― 「……あれ?」 想像とは全然違う雰囲気に、レッカはぼんやり呟いた。 「ねえレッカ……」 後ろから、バーラがぽつりと訊いてくる。 「ひょっとして、今の狙い通りだった……?」 「―――」 「おいらにはさあ、あのおばさんはリンを助けていたように見えるんだよね……」 「ぼくはさ、たしかさっきセイラちゃんが“オトコの風上にも――”って叫んでたような気がするんだけど」 ルカまでもが、困ったようにつけたした。 レッカ!とセイラがわめいていた。 「そっちのオッサンや、オッサン!もう、ちゃんと狙いぃや――」 よく見ると、小麦まみれのおばさんが捕まえているもう一人の男がいる。変に汚れた、見るからに怪しい男が…… 「ぼうや」 そしておばさんが、にっこりとレッカに笑いかけた。 「この小麦は。うちが頼んだ仕入れもんじゃないのかい……?」 レッカは頭を抱えた。 |