月闇の扉 - 8
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 旅人が来た?
 旅人? 旅人だって? 俺たちの仲間じゃなくて?
 おい、面白半分で来たんじゃ――ジオのおっさんが連れてきた? じゃあ信用できるか……
 おい旅人。
 村に入るのは許してやるが――誰かに悪さしてみろ、ぼっこぼこにして海に投げ込んでやっからな。

 とそこまで言って、チェッタはふんと胸を張った。
 ハヤナが呆れた顔でチェッタの襟首をつかんで持ち上げ、
「あんた。また洗濯さぼってここ来てるんじゃないのか」
 チェッタはバタバタと短い足をばたつかせた。
「うるせーハヤナ。はなせ! はなせったら!」
 暴れているのは……ハヤナに面差しがよく似た……8歳ほどの少年だった。ハヤナ、体型に似合わず力が強い。
 聞けばハヤナの弟、名はチェッタと言うらしい。言うことはいっちょまえ、行動はまだまだというところか。
「ハヤナんとこはもう一人上に姉がいる。マーサってんだけどな」
 酒の抜けたらしいジオが、元気に説明してくれる。
 彼は福音の島の人々が住む村に来て、そして村には何事もなかったことがよほど嬉しいらしかった。
「マーサは十八歳でな。三人姉弟揃って《印》がない。こいつらだけじゃねえ、兄弟揃って《印》がないやつは多いぜ」
「マーサさんはどこに?」
 シグリィは尋ねてみる。ジオはずっと遠くを指差し、
「こいつら三人は村のはずれに住んでてなあ。村に初めて入る新人とかをとりあえず保護する役目担ってんだ」
 チェッタを降ろしたハヤナが、こわごわと笑って、
「その、あたしら姉弟を最初にかくまってくれた人の、後を継いだんだ」
「後を……継いだ?」
 怪訝そうにセレンが首をかしげる。ハヤナは視線を軽く落として、
「その人は病気で死んだから……」
「あ……ごめんなさい」
 セレンが口に手を当てる。いいよいいよとハヤナは無理をしたような笑顔で手を振った。
 ――よほど大切な人だったんだろう。この言いにくそうな態度は。
「とりあえず、君たちあたしらの家に泊まってくれる? ジオと一緒だけど」
「おー、酒盛りするか! 島の無事を祝って。なっ!」
「丁重にお断りしますジオさん。……そんなに部屋があるのか?」
「……かなりの人数がかなりの頻度で島に来るようになったから……」
 この村を見ると分かるよ、とハヤナは言った。
「あたしの家に着くまでに、大体分かる」

 ハヤナとチェッタの家にたどりつくまでには、村の中央道とでも言うべき道を通らなくてはならない。
 その道はほとんどの民家が面していて、
「こんばんはハヤナ、チェッター」
「チェッタ、またサボりー?」
「あ、ジオ来てたのか! 酒飲みすぎちゃダメだぜ!」
 明るい声が、姉弟やジオにかけられる。
 そう、住人たちはとても明るかった。
 その明るさが――すぐに陰る。
「ハヤナ……誰? それ」
 臆病な動物のように、急におどおどとし始める彼ら。
 ハヤナは「大丈夫だよ」と言いながら、ひそかにセレンをちらちら見ていた。
 しまったな、とシグリィは思った。普通ハヤナがつれている新しい人物となれば、『村の新しい住人』と思われるのだろう。
 自分とカミルはいい。《印》がある場所を隠しているから。
 だがセレンは――堂々と右肩を見せて、朱雀の《印》を隠していないのだ。
 セレンは自分に向けられる視線の意味に気づいていなかった。色んな理由で、彼女は人の視線――おどおどとした視線を含めて――を受けることが多かったからだ。
 カミルが察して、道具袋からストールを取り出し、セレンの肩をさりげなく隠した。
 しかしもう遅い。みなの視線は完全に怯えている。
 ――今まで来た“研究者”たちは、いったい何をやらかしたんだ。
 シグリィは内心で眉をしかめた。
 《印》がないことで、《印》のある者を無意識に拒絶してしまうのか? どうもそれだけではないような気がするのだけれども。

 村人の数、相当数。大陸でも村が作れそうだ。
 少なくとも――五十人はいるか?
 しかし、とシグリィは首をかしげる。
 みな……若い。大人がいない。全員、二十歳より若そうだ。
(……異変が起きたのはいつだったかな)
 生まれる人間には四神の加護があるのが“当たり前”であるこの大陸で、神の加護の象徴である《印》がない子供が生まれ始めた。最初にその話を聞いたのは、大陸南に位置する国マザーヒルズにたどりついてしばらく経ったときのこと。
 シグリィたちは、大陸の北土に始まり、東部を縦断してきた。東部を渡っている間は、その話は耳に入ってこなかったのだ。
(おかしい話では……あるか)
 大陸に出回る噂の出所というものは、行商人の口なのが基本である。今のご時世、国から国を渡るような存在は他に滅多にいない。
 しかしシグリィたちが噂を聞いたのは、今年の冬も終わりに近づいた頃。
 西部から来たという行商人に、逆に問われたのだ。

 ――旅人なら知ってるのかい? “印なき子供たち”がなぜ生まれ始めたのか。

 ――“福音の島”がなぜできたのか――

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