其れは幼き心の傍らに―4−5
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 陽が落ちて間もなく、アークは「それじゃ行ってくるから」と仕事とやらに出かけてしまった。
 その後姿を見送って、アリムはひどく苦しい思いをした。彼の気配が近くになくなった。心にぽっかり穴があいたような。
 お母さんのときと同じ。
 ――森で“誰か”がいなくなったときと同じ。
 町外れでお守りの赤い石が砕けたときと同じ……
 この気持ちはなに? 自問自答するアリムの傍らを、通りすぎざまにトリバーがぽつりと言った。
「……恋愛感情ではないからな。それは」
 ――見透かされてる?
「れ、恋愛っていうのは、よく分からないですけど――」
 アリムは顔を赤くしながら、しどろもどろに言った。
 恋愛感情ではない。緑の髪の青年はそう言う。
 たしかに、アリムもまったく経験のないその感情が“恋愛感情というやつだ”と言われても納得しないだろう。何がどう、というわけでもないけれど、何か……違うのだ。
 あの亜麻色の髪の青年に感じるものは、いつだって、“懐かしさ”。
 いつも傍にいてくれて当たり前のような、“あたたかさ”。
 ――そのうち分かるだろ。のんびりと本を(歩きながら)めくり、トリバーはそう言った。
 その素っ気ない声音が、かえってアリムの肩から力をぬいた。
 トリバーはそのまま台所で作業していた伯母の元へ行き、何かを話し始める。さすがに人に話しかけるときは、本を読むのをやめるようだ。
 二人は何かを言い合っていた。
「――アリム次第では、あたしゃ構わないけど――」
「え、ぼくがなに?」
 ふと聞こえた自分の名に、アリムは顔をあげる。
 伯母はこちらを向いて、トリバーを示した。
「このおにいちゃんがね。今夜はあんたと一緒の部屋で寝たいってさ――どうする? アリム」
「え――」
 一緒の部屋で?
「ど、どうしてですか? トリバーさん」
 トリバーは面倒くさそうで眠そうな目をこちらに向けて、
「お前、昼間のこともう忘れたのか? 狙われてるんだよ。護るために無防備な時間を減らすべきだ。――俺だって、好き好んで男と同じ部屋で寝るか」
「……ぼく、本当に狙われて……るんです、か」
「まあ信じる信じないはどうでもいいが。とにかく一緒にさせろ。でないと俺があのバカに理不尽な言いがかりをつけられる」
 トリバーのいう“あのバカ”と言えば……彼の友人のことだ。
 アークは、たしかに必要以上にアリムのことを心配しているように思えた。とりわけ『もう二度と協会に近づくな』と―伯母には聞こえないようにしながら、何度も何度も言った。
『精霊学について知りたけりゃ、そこの本の虫に聞けばいい。そんじょそこらの教師よりよほど知ってる。だから、協会には絶対行くな』
 理由がよく分からず、あいまいにうなずくだけにとどめたアリムだったが……
「アリム。深く考えなくていいからとにかくだな――俺が信用できないっつーんなら、何なら伯母さんと一緒に三人でもいいんだよ俺は。要は目を離さずにいられりゃな」
 トリバーは心底面倒くさそうだった。
 アリムは慌てて、「はい!」と大きくうなずいた。

 考えてみれば、「はい」と言ったことが自分で不思議だった。
 今までは母以外……母が亡くなってすぐの頃、心配した伯母でさえ、一緒に寝ることは拒んでいたのに。
 食事のときと同じ。無防備な自分をさらすのが怖い。
 ――けれど今、ベッドに入ろうとする自分の視界には、床に特別に敷いたシーツの上にもぐりこもうとする青年の姿がある。
 本当は「ベッドをどうぞ」と言ったのだが、「ベッドは面倒くさい」とよく分からない理由で断られた。元々、空き家に隠れ住むような人たちだから、ベッドのようなしっかりしたものでは落ち着かないのだろうか。
 それとも単に性格か。……そんな気もする。
 ――トリバーは、寝転んでもまだ本を読んでいた。
「そんなに本がお好きなんですか?」
 つい、尋ねた。
 トリバーは、「さあな」とよく分からない返答をくれた。
「……あの、お二人って……お友達ですよね」
 亜麻色の髪の青年を思い出し、さらに問う。
「腐れ縁だ」
 素っ気ない。
「トリバーさんは……西の出身っておっしゃってましたよね。じゃあ……アークさんも……?」
 西大陸の人間なのか。そう訊くと、
 初めてトリバーは、しばらく沈黙した。
「……さあな。それも本人に訊いてくれ」
 ――『彼は精霊術士なのか』と尋ねたときと同じ――
 つまり、「アークのことに関してはアーク自身に聞け」という意味らしい。
「………」
 アリムはようやくベッドに体を落ち着ける。
 ふと、ベッドに窓から差し込んできた光が当たっていることに気づき、彼は横を向いた。

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