ぼんやりとかすみがかった視界が、やがて色彩豊かな世界へと変わる。
「――……」
アリムはただ、天井を見上げていた。
そこには五色の色彩がある。五精霊を示す、五色の――
(ここ……どこ……)
自分はいつの間に、気を失っていたのだろうか。
と――
ふと、傍らに影が落ちた。
「あ――意識が!」
嬉しそうに手を叩いた、その少女の着ている服に、アリムはぎょっと体を起こそうとした。
――白が基調、端にだけ精霊四属性を現す色彩。
精霊保護協会のローブ――
――協会には二度と近づくな。
アークの言葉が頭の中をめぐる。
最初に現れた少女は――協会員は、慌てて部屋を出て行った。
――体が動かない。まるで重い石になったかのようだ――
バタバタと慌しい人の足音がする。
やがて、バタンと扉が開き、
「アリムくん……!」
聞き覚えのある重厚な声がした。
――ゼーレ協会支部長、グレナダ・エルレク!
「アリムくん……! 心配したぞ!」
見覚えのある壮年の男性の顔がアリムの視界に入ってくる。
「し、支部長さん……」
「おお、声も出るのか……!」
エルレクはまるで我が子が病気から復活したかのような喜びようで顔をほころばせる。
「なん、で……」
――なぜ支部長が?
たしかに、自分が協会支部に来るときにはたびたび会いにきてくれる人物だ。その時点で不思議だった。支部でもっとも位の高い人間が、なぜ一介の――いや、一介にさえ届かない学生に?
しかし、そんな疑問もよそにエルレクはアリムの手を取った。
真剣な顔つきで。
「……君は危うく、危険な連中の餌食になるところだった」
「え……?」
「アークという人物と出会っただろう?」
支部長はその名を、嫌悪をこめた声で使った。
「あの青年とその連れは協会の敵だ。いいかアリムくん。もう金輪際彼らに騙されてはいかんぞ?」
「な……っ」
アリムは思わず激昂した。
「そんな、そんなわけないです……! アークさんたちが悪い人たちだなんて、そんな……!」
「……君の前では大分姿をとりつくろったようだな」
エルレクは哀れそうな表情でアリムを見て、
「よく聞きなさい。アリムくん、彼らはな、精霊を捕まえ、売ることを生業にしているのだ」
「………!?」
「精霊をだぞ。そんな存在を許せるわけがなかろう?」
「そん……な、」
――精霊に関わる仕事をしてるもんで。
たしかにあの琥珀色の瞳の青年はそう言ったけれど。
「現にだ」
報告が来ている――とエルレクは強くアリムの手を握り、
「君は、襲われたそうだな。別の怪しい黒装束の連中に」
「え……」
「そちらの正体は目下調査中だが……それが放った火の精霊を、アークが火の精霊で相殺したそうじゃないか?」
どくん
アリムの中で何かが騒ぎ出す。
思わず支部長の顔から視線をそらした。支部長は構わず、言葉を続けた。
「いいか、それは一見アークが君を救ったかのように思えるが、実は違う。アークは火の精霊を『支配』して相殺したのだ」
「………!?」
アリムの視線が、再び支部長に戻った。
支部長は沈痛な面持ちでうなずいている。
「そうだ。精霊学では禁忌とされる『支配』だ」
「う……嘘だ」
――アークは、アークは、あれはアリムの守護精霊が自主的に救ってくれたのだと――
「何をあの男に言われたか知らぬが」
エルレクはそっとアリムの額を撫でながら言った。
「騙されるな。いいか、騙されてはいかんぞ」
「―――」
アリムはぐっと歯をくいしばる。そして、
「……ぼくは……なぜ今、ここに……」
「おお、それだった」
エルレクはまたもや深刻な顔になり、
「君をエウティス・レン殿の家からさらった人間がいた。これは先だって君を火精で傷つけようとした黒装束の仲間であったらしい。我々は君を助けるので精一杯だった。取り逃がしてしまった。すまなかった――」
「……あの、黒装束の人、たちの……」
――闇。
あの声だけの存在を思い出せば、たしかにその言葉が思い浮かぶ。否、闇そのものだったような気がする。
しかし。
(あの……覆面の人たちの……?)
――何かが違う。
「ぼくは……あの覆面の人たちは、この保護協会の人間だと、聞きました」
「そんなことを君に吹き込んだのは、誰だ?」
――そう言ったのは、トリバーだ――
「いいか、何度も言うぞ。騙されるな。アリムくん、騙されてはいかん」
エルレクはアリムの髪を撫でながら何度も何度もそう言った。
アリムは再び、支部長から目をそらした。
ぐるぐると頭の中でたくさんの言葉が回る。
――協会には近づくな、アリム――
――騙されるな、アリムくん――
――あの火精はアリムの連れだ――
――アークは火精を支配した――
――俺は精霊に関する仕事をしてるもんで――
――あの男は精霊を捕まえ、売っている――
――精霊を否定するな。
――ごめんな。少しの間、気配を抑えていてくれるか……?
「信じ……られ……ません……」
自然と言葉が、口からこぼれ落ちてきた。
「アークさんたちが悪者だなんて……信じられません……」
「……そうか」
エルレクは、アリムから手を離した。
なぜだか、そのことに無性にほっとした。
「……ずいぶん深く洗脳されてしまったようだ。アリムくん、しばらくこの協会にいなさい。そうすれば思い出すだろう」
正しいことが分かる――
エルレクはそう言ってから、「大事にするんだぞ」と言い置いて部屋を出て行った。
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