其れは幼き心の傍らに―5−4
前へ目次次へ
 アークが瞠目どうもくする。
「な、にを――!」
 掲げられた手に全員が握っていたのは、晶光珠。
 “破”の力を持つ――

 カッ!

 一斉に光珠が発光して、アークは思わず腕で顔をかばった。
 かろうじて閉じなかった目。しかし視界はまぶしい光だけで埋め尽くされ。

 パリンッ

 それはまるでガラスを割るように――
 いとも簡単に――

「っ……貴様、らああああ!」
 アークは剣を抜いた。
 脳裏にずっと焼きついているのは、茶髪の少年だった。
 あの子のために。そして精霊のために。
 決して結界は壊してはいけないと。
 だから昨日の夜から、この冷え込む夜をこらえて結界の強化を行っていたというのに――!
(“破”の光珠だと……! “破”は光の精霊の――!)
 唇を噛む力が強くなり、血がにじんだ。
 アークは遠慮容赦なく協会のローブを切り裂き、赤く染めていく。全員を冷たい地面へと沈めていく。
「―――っ」
 おそらく中心人物であろう背の高い男――今は覆面のないマスカ・アネルが、ばっと何かを取り出した。
 晶光珠。
 それも、“縛”――
 アークの動きが止まった。亜麻色の髪の青年はぎりぎりと歯ぎしりした。
「貴様……っまた精霊を……!」
「今ここでこの縛≠解けば、あなたは今ここの者たちを傷つけたことを深く後悔するでしょうね」
 男は――ヨギ・エルディオスは静かにアークに告げる。
「精霊が妖精に変化する条件……それは人間の血を浴びること」
 ヨギはその灰色の視線をあたりにめぐらす。
 協会員たちは、ひとりとして死んではいない。
 だが、血を流している者ばかりだった。
「さあ……もう一体妖精ハイマを増やしますか?」
「!」
 アークは吼えた。
「貴様あ! この森を壊す気かっ……!」
「……もう壊れたでしょう。さあ、ハイマがやってまいりましたよ――」
 振り向かずとも分かっていた。
 アークの背後――川の部分に、いつだったか相対した川の精霊だった妖精が――近づいてきていることを。

 精霊は本来、人間とは交わってはならぬもの。
 ましてや人間の体に流れる血を浴びた日には、
 精霊はその心を狂わせる――

 そして生まれるのは。
 あやかしの、精。

「誰だったんだ……?」
 アークは背後の気配に向かってつぶやいた。
「誰だったんだ……? お前に血を浴びせたのは。お前を……精霊でなくしたのは」
 はあ、と息を吸い込むのも苦しい。
 青年はつぶやいた。

 ――精霊の赤き色は 永遠とわに消えぬ痛み
 我が心、精霊とともに――

 苦しい
 ――精霊の苦しみは我が苦しみ――

 苦しい

 ――精霊の叫び 心にて聞く――

 くるしい

 それは妖と化した者の痛み。
 どんな精霊も、好き好んで妖精となることは決してないのに。

「誰だかは知りませんが……感謝いたしますよ」
 覆面のない“覆面”は唇の端に笑みを刻んだ。
「これで……長年の我々の望みが叶う」
「何を……」
「決まっているでしょう?」
 ヨギは――ローブをばさりと脱いだ。
 見覚えのある黒装束が、そこにあった。
「我々の目的は――いつだって変わらぬのです、精霊に愛されし子よ……!」
 そしてヨギは森の中に入っていく。
 アークが追えないことを知っていたから。
 ――アークにはやることが残されていることを――

 アークは振り向いた。
 体が震えていた。剣を持つ手が震えていた。
 なあ、と目の前にいる妖精に問うように声をかける。
 その声さえも、がちがちと奥歯が震えるように。
「お前も……知っているだろう? 結界が壊れたら……もう、この森は……」
 すべてのきっかけを作ってしまったのは。
 目の前にいる……この妖精だと言うのか……
「いや……違う」
 なあ? とアークは、透き通るような目をした妖精の瞳を見返した。
 妖精となってしまったそれには、もう言葉が通じない。それを分かっていても、問わずにはいられなかった。

「誰だったんだ……? お前に血を浴びせたのは。誰だったんだ……? お前に……アリムの母親の姿をとらせたのは……」

前へ目次次へ