其れは幼き心の傍らに―6−4
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 ふ、とアークが優しく微笑んだ。
 アリムの背に片手で優しく触れながら。
「よすんだ、アリムくん……!」
 街から走ってきたのだろうか。それとも別の方法だろうか。
 支部長エルレクが、森まで――森だった場所まで駆けてくる。
「よすんだ! 今ならまだ間に合う――! 精霊たちが光を再び生み続ければ、森は永続する! 君の大切な森は!」
 それは精霊たちの望みなのだ――! とエルレクは叫んだ。
「精霊たちは長年、それだけを望んできたんだ! だからこそ光を生み続けた! 森を護り続けた! 森の中で君を護り続けた! 君がそれを壊してはいかん、精霊たちの意志を無視することになるのだぞ……!」
「………」
 ――精霊たちの意志?
 ――森を永続させること?
 ――再び自分を、森の中で護ること?

 ――精霊たちを死なせることで?

「光を生んで、なんて……まやかしの言葉だ」
 アリムはつぶやいた。
「そうだ」
 傍らで、アークが強く同意する。
「駄目なんだ。……光を生み出させては」
 精霊の意志であるうちは、アークにもどうしようもなかった。アリムが人間の手に渡れば恐ろしいことになりかねないことも事実だったから。
 けれど、もうそんなことを心配することはない。
 ――そしてそうである以上、光の精霊は生まれてはいけない。
 アークは鋭い視線をエルレクに向けた。
「お前……精霊を支配してここまで来たな?」
「………っ!」
「よくも……」
 血濡れの剣がちゃき、と音を立てる。
 アリムはそんなアークの腕に触れて、首を振った。
「……アリム……」
「その……精霊を支配、することが、どれほど悪いことか、まだ分かっていないぼくが言えることじゃないんでしょうけど、」
 アリムは困ったように、微笑みを見せた。
「もう、これ以上……血は流さないで、いい……です」
「―――」
 アークが腕を下ろす。そうだな、と青年はつぶやいた。
 血に濡れた己の剣を見下ろしながら。
「ぼくは精霊に会えますか?」
 アリムはアークに訊いた。
「……会える」
 アークはうなずいた。
「アリムくん……!」
 エルレクはこりなかった。
「完全にこの森を枯らす気か……!」
「………」
 アリムはかつて世話になった支部長の姿を見ながら、
「この森は……もう枯れているんです、支部長さん……。止まっていた刻が流れ始めて、もう止まらない……」
 アークさん、と少年は呼んだ。
 アークはアリムの背に回り、シーツをめくった。
 背の中央にあるあざのような刻印=\―

 精霊の望み 叶えし刻よ今
 ――我が心、精霊とともに

 ふわ……と背中が暖かい何かに包まれる。
 青年の指先が、何かをなぞるようにすべっていく。
 指先が触れた場所から、熱く燃えるような何かが一瞬起きて、そしておさまっていく。

 アリムの視界に、ぼんやりと何かが見え始めた。
 小屋を見つめていた視界に、ぼんやりと……何かが。

 森が――
 静かに――
 崩れていく――

 木々が枯れ
 土が痩せ
 水が枯れ
 枯葉さえも砕けて散り

 森が――崩れていく――
 十四年間も過ごした森が――
 母がつかさどっていた、森が――

 まるで夢のように。
 まるで幻のように。
 まるでそこにあったことが……嘘のように。

 そして、
 たった一箇所だけ変化のない場所があった。
 十四年間住み続けた家……

 背中の熱さが完全に消え、アークが手を離す。
 ぼんやりとしていた気配が、やがて――はっきりと形になる。

 ずんぐりむっくりとした小人。
 小さな羽を持つ小さな人間の形をしたもの。
 地面に落ちているいくつもの水色の石――晶光珠から足が生えるようにして見えるその存在は、水のように透き通った人型をしていて。
 そして、こちらも地面に落ちている赤い石――晶光珠から見えるのは、少し怖い顔をした真っ赤な体の――

 精霊……たち。

「ずっと……ぼくの傍にいてくれた……」
 アリムは消えゆく森の代わりに姿を現したそれらに、ゆっくりと歩み寄っていく。
 はらり、と枯れ葉が頬に触れた。
 アリムは目を閉じた。
 そして、ほんの少し目を開く。
 水気もなく固くなった土が見えた。
 視線をあげていくと、枯れゆく森が間近にあった。
 木々が痩せ細り、葉はすでになくなりつつある。
 冬に街に出たとき、枯れる木を知ってこう思った。
 ――死ぬ直前の人間のようだと。
「ぼくは……母を二度、死なせたことになる……」
 けれど……けれど今度こそ。
 今度こそ……本当に。
「お母さん……」

 ありがとう
 ……さようなら

 森が、消え去った。  ちりとなり、風に吹かれて消え去った。
 そして、変わらず森の小屋の周辺に、
 アリムを待つ精霊たちがいた。
 固い、何かに怯えるような表情をして。

 アリムは彼らのもとへ行き、ふわりと微笑んだ。

「初めまして……僕のきょうだい――」

 精霊たちの表情が、一斉に輝いた。
 アリムはそれを見て思った。
「光なんて、ここにあるんだ……」
 視界がにじんだ。
 数日前と違って、嫌だとはまったく思わない雫が、ぽろりと頬を伝っていく。
 剣を鞘におさめたアークが傍らまで歩いてきて、アリムの肩を強く抱く。
「そうだ……お前のきょうだいだ」
 アリムは泣き笑いの表情になって、うなずいた。

 もう、ひとりぼっちだなんて言わない。
 目の前に、嬉しそうに自分を見つめてくれる精霊たちがいる。自分はこんなにも、こんなにもたくさんのきょうだいがいたのだから――

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