【小鳥】
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〜3〜


 リールーはぷうっとふくれた。
「いやだっ。カミルさんとセレンさんがどこにいったのか、教えてくれなきゃあげないっ」
「そんなこと言わないで」
「いやだよっ」
「……二人には、私用の薬草を見つけてきてくれるように頼んだんだ。ほら、聞いてもつまらないだろう?」
 シグリィはお腹のあたりに手を当てながらリールーに言う。
 リールーははっと顔色を変えて、
「病院のお薬じゃ足りないの? そんなにお怪我ひどいの?」
「そうじゃなくて……早く退院したいかなって」
「………」
 リールーはしょぼんと肩を落とす。
「リールー?」
「退院……しちゃうんだ……」
「………」
「寂しい、な」
「何を言ってるんだ」
 シグリィは微笑んだ。「リールーには、青い鳥が来てくれるんだろう?」
「……うん」
「いつも折り紙で折ってる……青い鳥?」
「……うん」
「……そんな悲しそうな顔しないで」
「………」
 君のところにきてくれるから、とシグリィは囁いた。
 青い鳥が、きっと――

 リールーはようやく青い折り紙を一枚、シグリィに渡してくれた。
 うつむいたまま。
 シグリィは「ありがとう」と笑顔で受け取って、器用にそれを折ってみせた。
 かわいい、一羽の青い鳥が生まれた。

     **********

 その日。シグリィがようやく上体を起こせるようになった日。
 リールーはずっと、窓から空を見上げていた。
「こっちを見てはくれないのか?」
「………」
「……私の退院が近いから?」
「……シグリィの、いじわるっ」
 カミルさんもセレンさんも、戻ってこないじゃない……! とリールーはわめいた。
「シグリィがいなくなったら、私またひとりぼっち……!」
 ずっとずっとこの病室で!
 ずっとずっとひとりぼっち……!
「何言ってるんだ」
 シグリィは穏やかに微笑む。
「リールーには青い鳥が来てくれたじゃないか、ほら――」
 シグリィは指を指す。青空の遠く向こうを。
 まぶしい太陽をさえぎるように手をかざしたリールーは――
 やがて、大きくその目を見張った。
「あ……」

 青い――
 青い鳥が――
 翼をはためかせて――

 少女は口元を押さえて、喜びに震えた。
「ああ……」
 少女の瞳から涙があふれだす。
「ああ……これで、これでようやく私も」

 ――ようやく死ぬことができる――

「死なないよ」
 少年の声が、静かに少女のつぶやきを否定する。
「君の重い病……もう治らないと言われた病……。家族も亡くしてしまった、それでも、君は死なない」
「――青い鳥が来てくれた! 私を幸福にするために来てくれた! 私にはもう死ぬしか、幸せになれないから――」

 ひらり
 青い羽根がリールーの視界を横切る。
 少女はふと気づいた。
 青い鳥は、青いだけじゃない、何か別の色を持っている――
 リールーは手を伸ばした。
 小鳥は少女の手に降り立った。

 そのくちばしに、何かをくわえて。

「これ……なに……?」
 青い鳥は、植物の葉のようなものをリールーの手に落とした。
「なに……? 何でこんな……」
「――遠い国にね」
 シグリィは囁いた。「君の病気を治すのにぴったりの薬草が生えているのさ。それはその一枚――」
「―――!」
「青い鳥が持ってきてくれるのは、幸福だ。リールー」
 言って――
 シグリィは、ぐらりと体を揺らした。
「シグリィ様!」
 ジャストタイミングで、飛び込んできたカミルが倒れようとする少年の体を抱きとめる。
「はは……私も入院が長引くな……」
「当たり前です! 無理しすぎなんですよ、もう――!」
 ――普通の鳥の色を「青」へと変化させ、
 ――動物に声を届ける力でもって、その鳥に薬草をくわえて少女の元へと飛んできてもらった。
 無論、どれもこれも体力のいる「能力」で。

 シグリィとの約束をやり終えた小鳥は、ばさばさっと羽根を散らしながら飛び去った。
 薬草を一枚、リールーの手に残したまま。
「あ……!!」
 リールーは鳥に向かって手を伸ばす。「行っちゃ、行っちゃやだ……!」
「まだ……青い鳥が、必要、かい……?」
 力の使いすぎで額に汗を浮かべながら、シグリィは少女に問う。
「だ、だって、だって、薬草は遠い国で、私は生き延びても――ひとりぼっちで」
「………」
 シグリィはそっと懐から取り出したものを、リールーに差し出した。
 折り紙でできた、一羽の青い鳥。
 無理やり体を起こし、この病院に来てから初めて自分でベッドを降り。
 その青い鳥を、少女の手にちょこんと置いた。
「ほら。青い鳥はまだ君の元にいるよ。……これで幸福になれないはずがない」
「シグ、リィ……っ」
 リールーは右手に薬草を、左手に青い鳥を持って……
 ぽろぽろと大粒の涙を流した。
「シグリィ、シグリィ……っ」
 泣き続ける少女を、少年は抱きしめた。
 少女の震えが伝わってくる。苦しみ? 喜び? それともそれ以外の何か?
 否――
 言葉にはならない感情の何かが直接伝わってくる気がして、シグリィは目を閉じる。
 ――このまま気絶するなら、それはそれでいいか。そんなことを思いながら――

     **********

 実のところ、シグリィがカミルとセレンに頼んだのは遠い薬草島と呼ばれる場所まで行って、リールーの病気に効く薬草を採ってくることだった。
 当然のことながら、行くからには一枚きりのはずがない。
 その薬草をカミルがうまく調合し、リールーに飲ませると、リールーの病はあっという間に治ってしまった。
「まだしばらく、様子見で入院するの……」
 行くところも、まだ見つかっていないから、とリールーは折り紙を折りながら言う。
「はは。私もまだ入院が続くみたいだ」
 能力の使いすぎで衰弱したシグリィは、苦笑してリールーに応えた。
 分けてもらった折り紙で色々と折りながら。
「私が退院したら、君を引き取ってくれる人を一緒にさがすよ」
「いいの……? シグリィたち、用事、ないの?」
「あると言えばあるけど――ないと言えば、ないからね」

 するべきことは。
 こうして、人と接すること。
 こうして、世界を知ること。
 こうして、世界を広げていくこと。

 リールーが嬉しそうに頬を赤らめる。
「よかった……」
 ――傍らで少年少女を見ていたセレンが、カミルにそっと耳打ちした。
「またよ。またシグリィ様、女の子ひとり泣かせちゃうわ」
「……シグリィ様の体質なんじゃないですか」
「? 何か言ったか、二人とも」
「い、いえ、何にも!」
 二人の内緒話の意味も知らず。
 シグリィは「できた」と完成した折り紙を空中にかかげた。

 くちばしに緑の葉をくわえた、それは青い小鳥だった。

 ―Fin―