「ねえねえ、見て面白そうでしょ!?」 ――宿に帰ってくるなりはしゃいだ様子でまくしたてる彼女を、カミルは白い目で見返した。 「ほらほら、“福壷”だって! 何が入ってるか分からないお楽しみ壷なのよ! ああ、こういうのってワクワクするわよねえ!」 そう言ってセレンが腕に抱えているのは、それほど大きくはない古い壷。 「――それで」 こめかみを押さえながら、カミルは低く訊いた。「今回は……いくらでそれを買ってきたんですか……」 「んーとね、たしか五千 財布の中身全部出してきちゃった、とちょっと肩をすくめてぺろっと舌を出す彼女。 とてももう二十代半ばになった女のしぐさには見えないが、それなりにかわいくはある。 いやむしろ、世の男どもが歓喜しそうな程度に……セレンは美人には違いなかった。 だが…… 「………」 五千L。 それだけあれば、自分たち――自分ら二人と、その主人――三人が三日生きられる。 まっさきにそう考えた、二十七歳にして根っから所帯じみた男カミル。 彼は、ゆっくりとうなずいた。 「なるほど……そう言えば」 実に穏やかな口調で話を続ける。元来穏やかな顔立ちを、ますます優しそうに微笑ませながら、 「以前もそんなような、中身が分からない箱を買ってきたことがありましたね。そのときは千Lでしたか……」 にこにこにこ。 う、とセレンがひきつった。危機を感じ、手にした壷をかばうようにぎゅっと抱きしめて、じりじり後ずさりをする―― しかし、青年の手がいつの間にか彼女の腕をつかんでいた。がっしりと。 「――あの箱の中身、何だったか……覚えていますか? セレン」 「あうう……」 セレンはのどの奥でうめいた。 下からうかがうようにカミルを見返す彼女の様子は、まさに怒られる直前の猫だった。 「あのときは、私も心残りがありましてね」 カミルは唇の端を、不自然に上げた。 「――あなたを百回叩ききれなかったことを。なんならここでそれを果たしましょうか」 「いや―――――!!!」 セレンは絶叫して、思い切り体をねじった。引っ張られる形になったカミルは思わず手を離した。その隙に、彼女はあっという間のすばしっこさで、部屋の隅に逃げた。 「――なにようこの乱暴男! かよわい女を叩いて、許されると思ってるの!」 「乱暴ね」 カミルはすっと半眼になる。「爆発物入りの箱を買ってきてあげく他人に怪我をさせる人間と、どちらがマシなんでしょうかね」 「う〜〜〜!」 「分かってるなら反省なさい!!」 「だって!」 彼女は必死に訴えてきた。 「だってこういうのって、楽しいんだもの!」 ……セレンは正直者だった。 良くも悪くも。 呆れ果てて、カミルはため息をつく。 「だから……。そういう類のものには、ろくな物が入ってないんですよ。それぐらい、知ってるでしょうに――」 「何が入ってるかは問題じゃないの!」 セレンは壷を、カミルから隠すようにしながら反論してきた。「“何が入ってるのかな”って、期待する心を買うんだから。結果はどうなってもいいの!」 「……爆発物でも?」 「あれは特殊でしょー!」 セレンはぱたぱたと地団駄を踏む。まるきり子供の行動である。 情けない気分になって、カミルは再度ため息をついた。 ――実際、セレンなら……結果を問わず、その過程だけを楽しみにして大金を払う、ということも簡単に出来てしまうのだろう。 だが、自分は違う。何しろ終わりの見えない旅の途中である自分らの、経済問題を一手に引き受けている身なのだから。 だから彼は、容赦なく彼女に詰め寄った。 「期待感なんてものは、セレン、わざわざお金を出さなくても得られるものなんですよ!」 「それとこれとは別よ! お金を払わなくてもいいのもあるけど、お金を払ってしか面白くないのもあるんだから!」 「だからってそれに他の人間を巻き込むのはやめなさい!」 「ちゃんと自分のお金で買ったわよ!」 「それですっからかんになったんでしょう! そうなったらすぐに私にねだるくせに――」 文句を連ねようとして―― ふと、気づいた。 セレンが抱えている壷。それ自体は何ということもない、一般家庭で使われているような――いや、むしろ使い古されて捨てられたかのような、古い壷だった。今は、広がった口の部分を、これまた古い適当な布でふさいでいる。 が、その布には小さな穴が……ぽつぽつと開いていて、 何より―― 「セレン……。その壷は……中身が動いていませんか……」 ぎくり、とセレンが肩を震わせた。 「や……やーねー、気のせいよっ」 明らかに不自然なひきつり声で言いながら、セレンは壷を隠そうと背を向けようとする。 だが、青年の目はごまかされなかった。 たしかに見たのだ。壷にふたをしているその布が、波打ったのを。――まるで中から、押し上げられるかのように。 「いったい何が入っているんですか!」 カミルは口調を鋭くして、セレンの肩を乱暴につかんだ。 「痛い!――もう、何が入ってるかなんて知らないわよう! カミルのばかぁ!」 「だったら今ここで開けてみせなさい!」 「嫌よこれは私が買ったんだから後で一人で見るの! 放してってば――」 セレンは必死に壷を守ろうとしたが―― 世は無情。 彼女が守ろうとしていたものは、自らその正体を暴露した。 びりびりっ ――壷の内側から、布を破る爪。現れた肉球のある手。いや……足。 にゃおう と、布の隙間からこぼれた鳴き声。 「………」 沈黙が流れていた。 ……やがて鳴き声の主は、布の隙間からひょっこりと顔を出した。 なーご…… 切なそうなその鳴き声に、セレンが慌てて壷の中からそれを取り出した。 「やだ、お腹すかせてるのかしら? ねえカミルご飯になるもの――あ、きゃあ! おしっこしてるどうしよう〜〜〜〜!」 「………………」 助けを求めて、紅潮した顔でこちらを見つめるセレンと、 ……その手の中で大あくびをしている気まぐれな動物を見て―― カミルは天井を仰ぎ、大きなため息をついた。 |