| 「きんいろのねこ、ください!」 横からそんな声が聞こえて、シグリィはふと立ち止まった。 そこは村の露店道だった。道の両側に並ぶ露店――こういう商店のありかたは、この地域ではよくあることだ。 長い旅の途中新たにやってきた町や村で、こうやって商店の前を歩くのは、シグリィの楽しみのひとつだった。 右から左から、商人たちと客たちの駆け引きのような会話が聞こえてくる。きっとそれは彼らのコミュニケーションであるに違いなく――道の真ん中を歩きながら、そんな彼らの生き生きとした会話を何となく聞いているのが、彼は好きだった。 そして、興味を持ったら立ち止まってみるのだ。 ――きんいろのねこ。 「お願いします! お、お金、今ちょっと持ってないんだけど、あとで必ず払いに来るから――!」 彼が振り向いた先、ひとりの少女がひとりの露店の前で一生懸命に訴えていた。 シグリィは、彼女のいる店先に目をやった。 ――“きんいろのねこ、あります” そんな看板の横に、黄色っぽい小さなものがたくさん並んでいた。 (変わった店だな) シグリィは思う。露店のくせに――なぜか、周囲に薄い結界が張ってある。 「どうしたんだい、ユアちゃん」 そこの店主がおっとりと少女を見返している。どうやら顔見知りであるらしい、ひどく取り乱した少女をなだめるように、ゆっくりとその名前を呼ぶ。 「えっと、あのう、とにかくこれを――」 ユアと呼ばれた少女は、店先の小さな商品のひとつを手に取ろうとする。店主は困ったように微笑んでから、 「――分かった分かった。今回はサービスしとくよ――ほら、もっていきなさい」 「――っ、ありがとうおじさん!」 ユアは両手に品を握りしめ、深く頭を下げた。そして顔を上げて―― 「――きゃっ!?」 小さく悲鳴。たぶんそれは、いつの間にか傍らにいたシグリィが彼女の手元を覗きこもうとしていたからだろう。 「ああ、失礼」 シグリィは何でもないことのように軽く謝った。 ユアは目を丸くしたまま、彼を凝視している。 「……お客さんかね?」 店主がのんびりと言った。「見ない顔だね。さてはパエラのとこの空き家に宿をとったとかいう旅人か」 「そう、旅人なもので――この商品がなんなのか分からないんだ」 言いながら、彼は店先のそれをひとつ手にとって持ち上げた。 近くで見ると、それが猫の形をした粘土細工だということがすぐに分かった。黄色い塗料が塗られていて、頭の後ろに、ひもが通せる突起がついている。 親指大ほどの小ささで、妙に軽い。光の加減によっては、金色に見えなくもない。 並んでいる小さな猫たち。 手作りだからだろう、それぞれ微妙に表情が違って、だからこそ生き生きしていた。 「これは、この村の特産品でね」 店主は目を細めてそう言った。「お前さんも、この村の中で一匹ぐらいはもう猫を見ただろう?」 シグリィはうなずいた。 この村は、猫がたくさん住みついている。村人たちもそれを受け入れて、そこかしこで村人たちとじゃれつく猫を見かけることができた。 それを思い出し、目線まで持ち上げた小さな粘土細工を眺める。 「なるほど。これは“猫の村”のお守りみたいなものなのかな」 「まあ、そんなもんだね」 だが、生半可な“お守り”じゃないんだぞ―― 店主はその柔和な顔をにんまりと笑みの形にした。そして、 「なあ、ユアちゃん?」 と無言だった少女を見やった。 「――えっ?」 呼びかけられて、少女は初めて声を上げた。我に返ったかのように、慌てて店主のほうを向くその視線が――ほんの一瞬前までシグリィのほうだけを見つめていたことを、シグリィ自身知っていた。 「なにをぼけーっとしとるんだい――ああ、さては見とれとったんだな?」 言い当てて、店主が豪快に笑い出す。ユアが真っ赤になって、「だって……」とか細い声でごにょごにょ言っている。 とりあえず……シグリィが大変に“目を引く”容姿であること。そんなことは、彼本人も自覚しているのだ。何せこういった視線を彼が不思議がるたび、彼のつれのひとりが得意げに「とーぜんですようだってシグリィ様だし」と胸を張るのだから。 いまいち理解できないまま、「そうなのか」と一応納得しておくシグリィであったが―― さしあたって、そんなことはどうでもいいのだった。 「で、どのあたりが“生半可なお守りじゃない”って?」 一番の興味のもとをたずねると、店主が「ユアちゃん」と再び少女を呼んだ。 「今日はまた、なんでこれが必要になったんだね。それを聞いてなかったが――」 「あ、うん、ちょっと」 歯切れの悪い返答。店主は不思議そうに首をかしげる。 「お前さんとこのドラネコに何かあったのかい。だが、そんなうわさは伝わってきていないが――」 「うん。誰に聞いても“知らない”って言うから……」 ユアの声に、悲しそうな響きが混じった。「もう丸一日帰ってきてないの」 「そりゃあ珍しいなあ……あのネコが」 どうやら話題はユアの飼い猫であるらしい。この村では、猫が特定の誰かに飼われているというケースは少ないのだが、ないわけでもないのだ。 「このお守り持って、もう一度さがしに行くの」 とユアは言った。それがいい、と店主は大きくうなずいた。そしてシグリィを見やり、 「きみ、彼女と一緒にさがしに行くといい。そうすれば、このお守りの効力がよく分かるよ」 えっ!? と声をあげたのは、ユアの方だった。頬を紅潮させて、 「そ、そんな、私ひとりでさがせるし、」 「面白そうだな」 シグリィはにっこり笑った。 とりあえずこれで、宿屋で待っているつれの二人に土産話ができると――そう、彼は要するに、本当に面白がっているだけだったのだが。 |